【特集】次こそ行きたい!
絶景クルーズ33
Column
絶景そのものが飛び込んできてくれる旅
実のところ、“絶景”自体を求めて船に乗ることはそこまで多くない。もちろん南極や北極の極地などは期待を込めて、双眼鏡や本格的なカメラを持参するが……。
近年はもっぱら春から夏の、ヨーロッパへのクルーズを決めるのがわが家の重要課題だ。職業上、乗りたい客船はかなり絞れている。そして15年近く、地中海やエーゲ海、バルト海、リバークルーズも含めて、ヨーロッパ各地をめぐっていると、さすがに重複する港が出てくる。だからこそコース選びの決め手は、行ったことがない港、聞いたことがない港にいかに多く寄港するかだ。
そうして選んだコースの中には、例えば西地中海ならイタリアのポルトフィーノ、アマルフィなどの寄港地があった。フランスならサン・トロペなどに立ち寄るコースも。エーゲ海ならイタリアのラベンナやスロベニアのコペル、クロアチアのスプリットやザダル、モンテネグロのコトルなども同様だ。
ただし初めての寄港地であっても、あえて下調べはしないのが私流だ。聞いたことがない港に下りて、なんの知識もないまま、複雑な歴史を元に出来上がった街や、ユニークな地形に位置する絶景を偶然に見つけるのが、“ときめき”なのだ。大航海時代の船乗りのように、未知の土地へ乗り込む感覚だろうか。こうして訪れた港で、その土地の人々や想像もしなかった景色を目にすることができるのが、「クルーズの福袋」的な愉しみだと思っている。
こうしてたまたま「福袋」の中に入っていた寄港地やコースの中に、忘れられないシーンはいくつもある。地中海に浮かぶコルシカ島は島自体が広く、港も複数ある。一度だけ船が南部のボニファシオに寄港した。ターコイズ色の海岸や石灰岩の断崖絶壁60メートルに広がる旧市街からの眺めはまさに絶景だった。
船が北欧のストックホルムから出港して間もなくしての景色も忘れがたい。かわいい別荘が並ぶ小さな島々が連なるアーキペラゴ(群島)の美しさに目を奪われた。船内取材をしないといけないのに、夕日に染まる島々が延々と続くので、すべてを忘れてデッキに立ち尽くした。
予想をしていなかったという意味では、秋のノルウェーも印象深い。ノルウェーのベストシーズンはオーロラ以外では夏だと思っていたので、ノルウェー西岸の小さな港をめぐる沿岸急行船には夏に乗った。それはそれで興味深かったが、たまたまシーズンが終わった秋に同じコースを行くと、観光客が少ないうえに紅葉や澄んだ空気が待っていてくれた。何度か行ったエリアのクルーズも、季節を変えると新たな景色が待っている。
しかも客船は、こうした絶景を実に楽に見せてくれる。10年ほど前にアマルフィと隣町ポジターノをクルーズで訪ねたことがあった。断崖に張り付くように暮らす人々が時間をかけて形成してきた街の姿にため息が出た。その後、たまたまポジターノの高級ホテル2泊の無料宿泊券が当たり、もったいないので飛行機と陸路で向かったが、これまた気が遠くなるほど遠くて不便だった。客船がアマルフィ海岸の前に停泊し、テンダーボートで簡単に上陸できるとはなんと恵まれたことだろうかと、その時に改めて思った。
とある客船で、クルーズ・コーディネーターの方に、「初めてならここはおすすめです」と教えてもらった場所があった。ヨルダンのアカバに寄港したときのペトラ遺跡だ。かなり歩くというので最初は躊躇したが、実際に訪れてみるとその言葉に耳を傾けてよかったと思える絶景が待っていた。人と人とのつながりが強い客船の旅では、いろいろな人からアドバイスがもらえるのがうれしい。
そんな船旅での一番のぜいたくは、美しい港町やその背後の景色を眺めながら、船上のデッキで食事を取ることだと思っている。ドラマチックな入出港シーンはいわずもがな、リバークルーズの場合は両サイドに風景が流れてゆくのもいい。色とりどりの屋根の街並み、城や教会、ワイナリー、連なる山々が映画のように次々と現れる。見逃すのがもったいなくて、無理を言って屋外デッキにルームサービスを頼んだこともあった。
多くの客船が絶妙なコースを航行してくれる。知られざる絶景の寄港地とめぐり合えるのはもちろん、船に乗りながらにしてその“絶景”が飛び込んできてくれる――それこそがクルーズの魅惑の技なのだ。