待ち望まれた人気コラボ!飛鳥Ⅱ×BLUE NOTE TOKYO
洋上でジャズにたゆたう、上質な大人の週末
雨の朝も、心晴れやかに
2日目の朝は日の出を見てから、オープンデッキをインストラクターと歩く「ウォーク・ア・マイル」に参加しようと早起き。ところが、カーテンを開けると空は引き続き雨模様。全国的に天候が荒れた週だったこともあり、3日間とも雨の予報。残念だが、ある程度は予想していた。
せっかく早起きしたので、気分を変えてグランドスパへ。洋上の露天風呂がこれほど心地よいとは、想像以上だった。船は駿河湾を旋回中で、湯船に浸かりながら遠くに陸地が見える。曇り空ながらも空が明るいことに感謝しつつ、春風にそよがれながらぜいたくな朝風呂のひとときを満喫した。
パームコートに立ち寄り、飛鳥Ⅱオリジナルスムージーで喉を潤し、朝食は和食・洋食のどちらも楽しめるブッフェスタイルのリドカフェへ向かった。今回は事前に隠れ名物と聞いていた飛鳥Ⅱのギャレーで焼いているというあんぱんを楽しみに、洋食ベースにセレクトした。
人気の卵料理はテーブルで札を取りオーダーすると、席まで届けてくれるサービスがうれしい。注文のタイミングを計れば、着席に合わせてできたてが届く。ケチャップのイラストがJAZZ ON ASUKAII仕様の音符で愛らしい。
サラダバーでは船内ショップで見かけ、気になっていた飛鳥オリジナルドレッシングを発見。玉ねぎの甘みとほどよい酸味が絶妙で、結局購入して帰った。説明プレートに表記はないが、ヨーグルトは岩手の岩泉ヨーグルトを採用しているそうだ。濃厚でクリーミーな味わいが、朝食の満足感をぐっと高めてくれた。
食後はデッキに出て深呼吸。朝から海をぼーっと眺めるこの時間もまた、クルーズならではの特別な体験だ。何もしない時間を堪能していると、いつの間にか雨が止んでいた。




JAZZ ON ASUKAII仕様の船内でジャズ散策
食後のひととき、休憩も兼ねてハリウッドシアターへ。ふだんは往年の名作や話題の映画が上映されるシアターだが、今航ではBLUE NOTE TOKYOのライブアーカイブ映像を特別上映中。前夜はパフォーマンスに胸を熱くしながら、久しく足を運んでいなかったBLUE NOTE TOKYOの空気を思い出していた。“ドラムの神様”と称されるスティーヴ・ガッドの鬼気迫るステージを大画面で楽しんだ。
クラブ・スターズでは、BLUE NOTE TOKYOに出演したミュージシャンたちのライブフォトを鑑賞。B.B.キングやクインシー・ジョーンズといった伝説の名が並ぶ写真からは、世界のジャズシーンを牽引してきた熱量が伝わり、ジャズについてもっと学びたい気持ちが芽生えた。


春色ランチと、予想外にうららかな春の午後
この日のランチは、フォーシーズン・ダイニングルームで春の訪れを味覚で堪能する和食メニュー「春御膳」を味わった。満開の桜が描かれたメニューを開けば、桜色の和紙に綴られた“桜花、桜葉、桜海老、桜味噌、桜素麺、桜ちらし”など、名前を眺めるだけでお花見気分がふくらむ。
春の恵みを散りばめた前菜や煮物に続いて、「たらの芽・蕗のとう薄衣変り揚げ」をひと口。軽やかな食感とともに感じた熱々の温度に、思わず目を見張る。800名以上が乗船する飛鳥Ⅱで、待たせることなく揚げたてを届ける、その舞台裏に思いを馳せた。
昼食を終えると思いがけず晴れ間が広がった。気まぐれな春がくれたご褒美のような陽射しに誘われ、シーホースプールへ。陽だまりでアイスを頬張りながらくつろいでいたが、じんわりと汗ばむような陽気になり、水着へ着替えて泳ぎ出す乗客の姿も。きらめく水面がいつも以上にまぶしく感じられた、やわらかく穏やかな午後だった。



ジャズの醍醐味と、アーティストの人生を垣間見たトークショー
ハリウッドシアターで開催されたトーク&デモンストレーションは、今夜のスペシャルステージに登場するエリック・ミヤシロ・コンボによる、ジャズ初心者のためのレクチャーイベントだが、今航ではじめて“満船”を実感したひとときだった。
この二日間ショータイムを除くと、船内で混雑を感じることはなく、「満船の乗客はどこにいるのだろう?」と不思議に思っていたほど。しかし、このイベントだけは別だった。250席以上ある座席がたちまち埋まり、追加された補助席まで満席に。ジャズに魅せられた乗客たちの熱量が、ひとつの空間に凝縮されていた。
ショーの始まりでは自己紹介を兼ねて、出演者それぞれがジャズとの出会いを語った。10代の頃からステージに立っていた人も多く、音楽に捧げてきた彼らの人生を垣間見た。さりげない語り口だが、情熱と覚悟を持って積み重ねてきた日々が伝わり、彼らが音楽の世界で輝く理由の一端を知る。語りの途中には軽快なツッコミも飛び交い、会場はたびたび笑いに包まれた。互いをよく知る者同士ならではの掛け合いに、仲の良さとあたたかな空気感がにじみ出ていた。

最後に設けられたQ&Aのコーナーでは、会場からさまざまな質問が飛び交い、一つ一つの問いに対して誠実に答える出演者たちの回答に、観客は静かに耳を傾けていた。ジャズならではのインプロビゼーション(即興演奏)について「この人、意地悪だなと思うこともありますか?」という質問では、出演者全員の視線が一斉に川村竜さんへ向き、会場が笑いに包まれるという一幕も。
筋書きも譜面もないジャズのステージでは、演者たちは頭をフル回転しながら空気を読み合い、瞬時に音で対話しているという。自分をどう魅せるかを常に探り、時には肩をぶつけ合うような気持ちで競い合い、その過程さえも音楽という形になっていくのだと語った。だからこそジャズを聴いていると、人生の喜怒哀楽すべてを味わった気分になるのだろう。
そして、その駆け引きこそがジャズ最大の醍醐味であり、その瞬間の連続がたまらなく楽しいからこそ、ジャズを続けているのだと語り合う演者たちの姿は、深いジャズ愛に満ちていた。


旅もジャズも“予想外”がスパイスに
トークショーを終え、その足でパームコートへ。再び耳にするアルフレッド・ロドリゲス・トリオの演奏は、昨日のスペシャルステージとはまた異なる趣だ。明るく開放的な空間で聴くラテンジャズは一層陽気さを帯び、自然と体がリズムを刻みはじめる。
アスカプラザへと、ラテンのリズムを鼻歌まじりに向かう。SAYAKAさんと中村彩香さんによるバイオリン&ピアノのデュオに耳を傾けた頃、船が静かに揺れはじめていた。ふと窓の外に目をやると、つい先ほどまでは明るかった海が鈍い灰色に変わり、雨粒が窓を打つ。先ほどの晴れ間は、やはり気まぐれだったようだ。
そのとき、船内にアナウンスが響いた。本来であれば3日目の朝に駿河湾から横浜港へと向かう予定だったが、駿河湾の天候悪化が予想されるため、航路が変更に。今夜のうちに横浜港へ入港し、そのまま停泊して夜を明かすという。
もともと今回の航海は寄港地のないスケジュールだったうえ、天候の崩れは事前に予想されていた。だからだろうか、船内放送を聞いても「そうなんだ」と受け流すような、どこか落ち着いた空気が漂っていた。周囲を見渡しても、動揺する様子はまったくない。
後にカフェで隣り合った乗客が、「飛鳥Ⅱには何度も乗っているけれど、横浜港に停泊するなんて滅多にない。むしろこれはレアな体験かもしれませんよ」とどこか興奮していた。予定変更すらも旅のスパイスに思えてくるのは、昨日からジャズに浸かっているからだろうか。旅もジャズと同じように、思いがけないことが起こるからこそ面白いのだ。

名曲にスウィング! ジャズの魅力がストレートに響く圧巻のステージ
ギャラクシーラウンジにて、BLUE NOTE TOKYOコラボのライブとしては今航最後となるスペシャルステージが幕を開けた。旅の終わりが近づいていることを実感し、早くも名残惜しさが込み上げてくる。舞台上に再び集結したエリック・ミヤシロ・コンボ。数時間前のトークショーで見せていた穏やかな表情とは打って変わり、楽器を手にした彼らは輝きをまといオーラを放っていた。
オープニングを飾ったのは、名曲「ルパン三世のテーマ」。個人的に“史上最高にかっこいい”と思っている大好きなナンバーだけに、冒頭から胸の高鳴りは止まらない。エリックさんのトランペットが空を切るような鋭い高音を響かせた瞬間、全身に痺れるような衝撃が走った。かっこいい、かっこよすぎる。
この夜のステージは、スティービー・ワンダーの「オーバージョイド」やマーカス・ミラーの「ラン・フォー・カバー」、「A列車で行こう」など、ジャズに詳しくなくてもどこかで耳にしたことのある名曲たちで構成されていた。名手たちが織りなすサウンドに、自然と心も体もスウィングする。
ステージの合間には、メンバー同士で編成されたユニットによる演奏も挟まれる構成も楽しかった。中川英二郎さんと本田雅人さんによるトロンボーン&アルトサックスのデュオでは「チャルダッシュ」で哀愁を帯びた旋律を響かせ、宮本貴奈さんは「星に願いを」で会場をやさしい空気で包んだ。
エリックさんの楽曲「Skydance」も印象的だった。ハワイ出身の彼が、高校時代にモテたくて始めたサーフィンでサメに囲まれ命の危機に合うも、なんと2匹のイルカに助けられたという。その体験から生まれたのがこの曲だそうだ。高らかに響くトランペットの音色はどこまでも伸びやかで、イルカが波間を気持ちよさそうに跳ねるハワイの青い海を頭に描き出す。演奏を聴きながら気分は一気に春から真夏へとワープ。鮮烈なエピソードも含め、忘れがたい一曲となった。
終盤にはアルフレッド・ロドリゲスさんも登場。トップアーティストたちが一堂に会する、まさに夢のようなセッションでステージは最高潮に達した。圧巻のパフォーマンスに魅了されるうちに、最後なのだという感傷も音の中へと溶けていった。ラストステージは、旅の締めくくりにふさわしい華やかさと温かさ、楽しさに満ちていた。
スペシャルステージが幕を開ける頃にはゆるやかに揺れていた船も、ステージが終える頃にはまるでその場に佇んでいるかのように穏やかさを取り戻していた。気づけば、窓の外に横浜港のネオンが灯っていた。



繊細な春を皿の上で堪能 華やかな“春の日ディナー”
“春の日ディナー”と題された2日目の夕食は、魚介を中心に春の旬を贅沢に取り入れ、春の息吹が皿の上へ繊細に表現された特別メニューだった。
今夜も前菜から素晴らしく、期待に胸を膨らませた。「雲丹と春人参 トマトの雫」は、春うにの甘さと香りが際立つひと皿。ざく切りにした完熟トマトから一晩かけて丁寧に抽出した透明なトマトウォーターに昆布のうま味を加え、ソースに仕立てている。あおさのグリーンと雲丹の鮮やかな色彩が織りなすビジュアルも美しい。
「ホタテのマリネ イクラと海ブドウ」も印象的だった。北海道産の大粒ホタテを飛鳥オリジナルのオリーブオイルでマリネ。イクラと海ブドウ、そして粒状のオリーブオイルが添えられ、口に運ぶたびプチプチと弾けて楽しく、海の香りとオリーブオイルのフレッシュな風味がふわりと広がる。
なかでも印象深かったのが、メインの魚料理「烏賊と彩野菜の菜園風」。クレソン、サヤエンドウ、春にんじん、アスパラ、カシューナッツなど、十数種類の春の食材が彩り豊かに盛りつけられた温かいサラダ仕立てで、スプーンとフォークを使いざっくりと混ぜ合わせて楽しむスタイル。さまざまな食感と香りが次々と口の中に広がる中で、最後にふわりとイカの旨みが残るのが印象的だった。多彩な素材の中でもしっかりと主役が存在感を放つ絶妙なバランスに匠の技を感じる。聞けば、この“菜園風”のひと皿は、瀧淳一総料理長の得意とするスタイルのひとつで、クルーズごとにアレンジを変えて登場するという。また次の乗船が楽しみになる一品だ。
今航も記念日を祝う乗客が多かったようで、ダイニングルームにはスタッフの歌声や演奏による祝福が何度も響いていた。主役の姿は見えなくてもダイニング会場全体に拍手が広がり、温かな空気に包まれる。まるで自分のことのように嬉しくなってくるから不思議だ。人生の節目を彩るにふさわしい特別なディナーを、心ゆくまで堪能した。



横浜港のネオンを眺め、旅を振り返る
食後は、ビスタラウンジへと向かった。11デッキ最前方に位置するこのラウンジの大きな窓には、雨に滲んだ横浜の夜景が静かに広がっている。
昨夜マリナーズクラブで味わった一杯を思い出し、今夜はアスカクルーズジンを使った「アスカ ジントニック」をオーダー。バタフライピー由来の青いカクテルにライムを絞ると、ほのかに紫へと変化する。その幻想的な色合いを眺めながらゆっくりと味わううちに、さっきまで感じていた「今日が終わってほしくない」という名残惜しさが、いつの間にかふわりとほどけていった。
人生の喜怒哀楽を何度も味わったようなジャズ三昧の旅。短いながらも濃密だった時間を経て、心の奥まで静かに満たされていた。
