海上の“もうひとつの社会”ピースボートの威風堂々<後編>

1月9日はイースター島(チリ)へ。現地呼称はラパヌイ。この寄港地のみ、オプショナルツアーに参加しないとモアイ像などが見学できない。また、大型船は着岸できないため、テンダーボートでの上陸となる。その分、時間はかかるのだが、これもクルーズならではのアプローチで、否が応にも、期待が高まるところだ。




1月19日には、ハイライトのひとつ、カヤオ(ペルー)に到着。聞きなれない地名だが、首都・リマの外港で、東京に行くために横浜に入港する、というような感覚だ。ペルーでは、実に4泊が奢られていて、最も停泊期間が長い。これは内陸部、アンデス山脈を越えた先にあるインカ帝国の首都だったクスコ、マチュピチュ遺跡へ向かう乗船客が多いためだ。もちろんオプショナルツアーも用意されているし、自力で向かう人、船友とのツアーを企画して巡る人たちもいる。ちなみに記者は高地行きは選択せず、首都・リマで、久しぶりに船を離れて宿泊、街歩きとグルメ、近郊のエクスカーションを存分に楽しんだ。




1月26日にバルパライソ(チリ)へ。ここも、カヤオと同様、チリの首都・サンティアゴの外港としての機能を持つ港町だ。とはいえ、国会はここ、バルパライソに置かれているので、サンティアゴと共に、チリの統治機構の一翼を担っている。わずか1日の寄港でタイトなスケジュールだったが、水先案内人・伊高浩昭氏の船内企画から学んだチリ・アジェンデ政権、政権を支援したノーベル賞詩人、パブロ・ネルーダの残り香を体感するため、記者はサンティアゴまで都市間バスで往復した。


航路は南米大陸に沿い、ひたすら南へ。南緯が上がるたびに気温が目に見えて下がっていき、乗船客は、船室のクローゼットからダウンジャケットを出し始める。1月30日、次なる寄港地を前に、パシフィック・ワールドは、チリ南部、パタゴニア地方のフィヨルドに進入した。ピオ11世氷河を観覧するためである。クルーズ船でなければ到達の難しい、入り組んだフィヨルドの深奥に、全長66㎞、幅6㎞という、パタゴニア地方最大級の氷河の末端が青白く光り、神秘的な雰囲気を醸し出す。氷河は氷の塊だからといって、単に白く見えたりはしない。自然環境によって、こうも幻想的な演出が施されるのかと、感嘆しきりだった。




1月31日にプンタアレナス(チリ) 2月3日にウシュアイア(アルゼンチン) 2月6日にはプエルトマドリン(アルゼンチン)と、南米大陸南端地域の旅が続く。フィヨルドに立ち寄った後、船は、広大無辺なパタゴニア地方を左舷に見ながら、南下を続ける。北米の著名なアウトドアブランド名としても採られているパタゴニア地方は、人間を寄せ付け難い厳しい自然環境が選好され、ベテランのアウトドアズマンたちが、ロングトレッキングを楽しむために訪れる憧れの地でもある。また、ウシュアイアは、南米最南端かつ南極に最も近い町として、多くの南極観光船の出航地としても有名だ。これら3つの寄港地には、いずれも厳しい自然環境下にありながら、ヨーロッパ人到達前の遥か昔から連綿とつないできた、人間の文化があった。
ピースボートの船旅では、寄港地紹介企画のほかに、その地の歴史を踏まえた船内企画も行われるのが通例だ。訪問範囲、いわば平面軸には限りがあるが、自然と人類の歴史を踏まえた時間軸を意識することで、長くはない現地滞在時間であっても、知的好奇心を満たす旅へと変わる実感がある。乗船客はそれぞれの好奇心の赴くままに、街歩きやトレッキングを楽しんだ。
さて、船はついに、大西洋へと乗り出した。太平洋と大西洋をつなぐビーグル水道は世界最南端の港町・ウシュアイア眼前の細長い海域で、1830年にイギリス艦隊によって“発見”された。ちなみに1520年にスペインが命名した、かのマゼラン海峡からさらに南に位置する。横浜港を出発して50日を超えたパシフィック・ワールドが、地球上で日本から最も遠い地域を航行していることに、改めて感慨を覚える。
さあ、次なる寄港地へ! ラプラタ川の広大な河口に位置するウルグアイの首都・モンテビデオ、そして、南米のパリとも称された大都市、ブエノスアイレスへと向かうのだ。




ウルグアイは、“最貧の大統領”として、清廉な人柄と先進的な政策で世界から尊敬を集めたムヒカ大統領を生んだ国である。ここでも、船内企画でその地の歴史を学んでから上陸。事前に学んだ内容を踏まえた印象が、自分の足で訪ね歩くうちに変化していくこと自体が、楽しく興味深いものになるのだが、モンテビデオは、良い意味で想像と変わらぬ落ち着きと程よさを感じる、こぢんまりとした美しい街だった。
またここは、豊穣なるワインの生産国とも知られている。日本にあってはチリワインほど人口に膾炙しておらず、ここでしか頼めない土地と太陽の創りだすマリアージュを楽しむことができたのも印象深かった。そう、すでにここはパタゴニア地方を遥か彼方に追いやるような、太陽と緑の地域なのだ。
あらゆる地域に人の営みがあり、それぞれの環境に適応した生活を営んでいる。それを連続的に体験していく地球一周の船旅の価値を改めて感じるのはこんなひとときなのである。




多くの乗客が楽しみにしていた、ブラジルと並ぶ南米の大国、アルゼンチン。広大な自然を擁しながら、クラシックやタンゴなどの音楽、さまざまなアートなど世界的な文化の発信基地でもあり、しばらくは、比較的ネイチャーライクな寄港地が続いたこともあって、久々の大都会に、心を浮き立たせる乗船客も多く見受けられた。都会を満喫する向きも、アルゼンチン・ブラジル国境の世界三大瀑布・イグアスの滝へとオプショナルツアーで向かう人もと、それぞれの楽しみ方でこの船旅を味わっている。
出発したころの船内には、どこか緊張感と不安がないまぜになった印象もあったのだが、旅も半ばとなると、もうほとんどの乗船客は旅のエキスパートとなって、主体的に活動していることが見て取れる。ちなみに記者は、ここ、ブエノスアイレスで久しぶりに散髪。大いにリフレッシュし、英気を養った。










