四日市港で地元の有志による和太鼓の演奏に見送られ、工業地帯の夜景を眺めながら出港する。街の灯りとは趣の異なる、無機質な印象ながら文明の発展を実感させてくれるような光が、飛鳥Ⅱを見送ってくれた。
この日のディナーは和食のコースである。「柿の白和え」から始まり、「松茸茶碗包み蒸し」など秋の味覚を織り交ぜながら、「和牛のしゃぶしゃぶ」をメインに味わうコース。最後のデザートとして出された飛鳥Ⅱの特製最中も手の込んだものだ。料理スタッフたちの心のこもったコースに、「食欲の秋」を堪能できた。
心地よい余韻に浸る
3日目は終日航海日となり、伊豆諸島の神津島、式根島、新島などの近くをゆっくり通航。それぞれの島に近づくたびに、島の風土を船内アナウンスで解説してくれるのでためになる。四日市から横浜、この距離ならもちろん行きと同じく一晩で帰ってこられるのだが、こうしてあえて一日船上でゆっくりできる日があるのが、このクルーズの醍醐味のひとつである。
とはいえ、この日は船内イベントがめじろ押しなので、あまりのんびりしているのももったいない。ビンゴに始まり、各種教室やスポーツの大会も行われている。その中からまず6デッキスポーツエリアでの「ペタンク大会」に参加してみた。これはパラリンピックの正式種目でもある「ボッチャ」に似た競技で、順番にボールを投げて目標球の近くに自チームの球を置けるよう競うもの。ほとんどの参加者が初めて行うゲームながら、終盤での大逆転劇なども起こり、なかなかに白熱した。
続いて参加したのは飛鳥Ⅱの恒例イベント、テニスコートで行われる「イカ跳ばし大会」だ。クルーに起源を尋ねると、その昔初代飛鳥が函館に寄港した際、地元の子供たちが疑似餌で遊んでいるのを見て、飛鳥でも行われるようになった。イカの形をしたゴム製の疑似餌を足の甲に乗せて蹴り飛ばし、その飛距離を競う単純なルール。それでもなかなか思うように飛ばせず、靴まで飛ばして笑いが起こることも。こちらもかなりの盛り上がりだ。5~6人でチームを組んで競うので、知らない乗客同士で作戦会議をしたりと、会話できることも楽しい。実はテニスコートで行われるイカ跳ばしは間もなく終了とのこと。ほどなく行われる飛鳥Ⅱの改装で、テニスコートがなくなるためである。しかし今後もなんらかの形で続けていく予定という説明もあり、イカ跳ばしファンは安堵していた。
●ウィーンの風景が目に浮かぶ
このようにちょっと身体を動かしてスポーツの秋を堪能しつつ、今回ツアーの大本命、芸術の秋を楽しむ時間だ。ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の元コンサートマスターで、世界に名の知られたダニエル・ゲーデ氏が率いる、「ウィーン・フーゴ・ヴォルフ三重奏団」のステージが始まった。
演奏は、クラシックを中心にしながらも、「天城越え」などを織り交ぜた日本の歌メドレーや「飛鳥ワルツ」も披露。そうして客席を温めたところで演奏されたのは、誰もが耳馴染みのあるクラシックの名曲「美しき青きドナウに」だ。美しい旋律に耳を傾けていると、行ったこともないのに不思議である──ウィーンの風景が目に浮かんでくるのだ。
実はこのステージより少し前に、元オーストリア航空日本支社長の村上昌雄氏による講演があり、オーストリアやウィーンの歴史、街の成り立ちなど、写真入りで解説してもらっていたためである。それが演奏によって見事にリンクしたのだろう。ドナウ川がたおやかに、優雅に流れ行くさま、伝統建築が並ぶ街の風景、そこを行き交う人々のにぎわい。ウィーン旅行を疑似体験したような感動があり、フィナーレは割れんばかりの拍手に包まれた。
演奏後にゲーデ氏らに話を聞くと、今回の飛鳥Ⅱでのステージは、観客がとても熱心に聴いてくれ、彼らも演奏に熱が入ったという。拍手の仕方や手拍子の入れ方などから、それがわかるのだそう。やはり芸術に造詣の深い乗客が多くいるのだ。
こうして、耳でも舌でもウィーンスタイルを楽しんだ乗客。クルーズの感想を聞くと、「ウィーン旅行に行ったときの思い出がよみがえった」や、「行ったことはないけどぜひ今度の旅行はウィーンに行きたい」と、すっかりオーストリアのとりこになったようだ。