海上の“もうひとつの社会”
ピースボートの威風堂々<前編>

出航日には、船上にて記念式典も開催され、ボリバー・ドナド船長は「平和への願いを乗せて、10万通りの想いがつないできた」と話した。
その10万通りの想いを運ぶのが、2021年からピースボートクルーズを担う、「パシフィック・ワールド」(77,441トン)。海上の“もうひとつの社会”ともいうべき、ピースボート独特の船内生活の充実ぶりは、
実に4割もの乗船客がリピーターとして戻ってくる、という事実に裏付けられている。
ただし実際に体験してみないと、何が面白いのかイメージがつかめないのも事実。
Voyage122で107日間の地球一周をフル体験した記者が、実体験をもとに報告する。


2025年12月14日に神戸港から出航したvoyage122は、翌12月15日に横浜港・大さん橋国際クルーズターミナルに入港。総勢1950名という、ピースボート史上最大乗船客数が、ここ、横浜でそろった。これから107日間という長旅、いや、新しい生活が始まるのだ。喜びよりは不安のほうが勝った、複雑な感情。長らく憧れてきた地球一周の船についに乗り込んだ、という晴れがましさと、ひとりで、この船でうまくやっていけるのだろうかという不安とがないまぜになった気分である。
全14階層に及ぶ巨大な「パシフィック・ワールド」の7デッキには、船の外周をひとまわりすることのできるウッドデッキが設えられており、晴れやかな出航セレモニーはそこで行われた。大さん橋で見送る人たちとの交歓も楽しく、未知の世界へ乗り出す不安を少しだけ和らげてくれる。
単独で乗船した記者が選んだ客室はフレンドリータイプ「スタンダードインサイド」で、3~4人が航海の最後まで一緒に過ごす相部屋だ。バックパッカーや雑魚寝の山小屋など、それなりに経験もある記者だが、この年齢になって3カ月以上ドミトリーかぁ、と、申込時に逡巡したのも事実。だが、うれしいことにそれは杞憂に終わった。


記者の場合は3人部屋だった。2度目の乗船という山梨県在住のAさん、万事控えめな岐阜県在住のIさん、いずれも同世代だ。Aさんがてきぱきと、共同生活の心得を伝授してくれる。公平になるよう、1か月ごとにベッドを交代する、お互いのいびきが睡眠の妨げにならぬようにと、同室者のぶんの耳栓まで用意してくれているなど、とても親切。なるほど、リピーターがいるとスムーズだ。
ピースボートのほうでも、「相部屋での共同生活を快適に過ごすために」というルームマニフェストを配布していて、各室がルールを決めるように促している。ただ、出会ったばかりの複数名が、相手の素性もわからないうちに杓子定規に決まりごとだけ作るのもぎごちないもの。記者の場合は、経験者がいたのでスムーズだったが、頑固で野放図になりがちな中高年層とは言い過ぎだが、いい大人になってからの共同生活は、人によってはそれなりのハードルだと思われる。
だが、つかず離れず他人と過ごす、というのは一定のコミュニケーション能力を持っていれば難しいわけではなく、むしろ、部屋メンバーとのつながりを手始めに、たくさんの船内の友人を得ることができた。この点は、相部屋ならではのメリットと言えるだろう。



今回乗船したのは、南太平洋・南米・アフリカコース(神戸・横浜発着107日間)。13カ国、19寄港地。陸地に上がれるのは延べ30日間なので、そのほかの77日間は船上だ。旅程はもちろん理解していたのが、最初の寄港地・ホノルルまでの8日間は、慣れるまでとても長く感じた。寄港地についての知識は前もって仕入れることができるが、船内生活の実際は、やってみなければわからないことも多い。
まずは部屋づくり。個室の場合でも相部屋でも、普段の自分の生活スタイルや、時間感覚そのままというわけにはいかない。例えば、この船には他の日本船の大浴場はなく、一部の客室以外はシャワーだけなので、ゆっくりと風呂に浸かりたい向きは考慮する必要がある。また、部屋備え付けのドライヤーも最新型とは言えないし、洗面台回りも、地上のラグジュアリーホテル同様というわけでもない、数日間の滞在なら、「そんなものか」で済む人も、3カ月以上となるとそれはもう、旅というよりも、生活そのものだ。
洗濯については、自分で行う人もいるが、ランドリーサービスもある。部屋内が干し物だらけになるより、指定の袋に目一杯入れて一袋1000円という安価な設定のランドリーサービスが便利だ(ただし、ドライクリーニングの設備はなく、通常のランドリーサービスしかないので、デリケートなニットなどは避けたほうが無難)。
各人の生活習慣を、船内でそのまま当てはめるのではなく、たとえ個室であっても、ピースボートという巨大なグループでの共同生活という面を意識することが、快適な暮らし方のポイントとなる。















さて、本稿では、この船内生活の充実のさせ方を、記者の実体験に基づいてお伝えしていきたい(寄港地については後編の記事を参照)。結論から言うと、ピースボートの「地球一周の旅」を楽しむ鍵は、様々なイベントに乗客自らが主体的に参加することにある。
クルーズといっても、多種多様な船があるのはご存じの通り。例えば「クイーン・エリザベス」のように、乗船クラスをきちんと分け、享受できるサービスにも違いのある伝統的な船から、数千人規模の乗客を受け入れる大型客船、敢えて1万トン規模の小型船で運行される贅を極めたラグジュアリークルーズ、目的が明確なアドベンチャーである探検クルーズなどなど、クルーズ初心者にはわかりにくい部分だ。そして、ピースボートクルーズは、どれにも類型化できない独自のクルーズ体験を味わわせてくれるのだ。


ピースボートクルーズは、旅行企画と実施を(株)ジャパングレイスが、1983年に設立されたNGO・ピースボートが船内企画等を運営する、2段構えの仕組みをとっている。“船に乗る『参加者』が、主体的に船内企画や寄港地の交流をつくり出す”。“船旅を通じて、国と国との利害関係とはちがった草の根のつながりを創り、地球市民の一人として、平和の文化を築いていく”(ピースボートのWebsiteより)という理念のままに、1990年から地球一周の船旅を始め、近年は年3回もの地球一周クルーズを実現させている。
ピースボートには、水先案内人と呼ばれる様々な分野で活躍する識者が任意の区間に乗船し、各種の公演、イベントや、ワークショップなどを行う、主に、これから向かう寄港地に関わりのある内容が多く、上陸前に、単なる観光ガイドとは違う知識や学びを得ることができる。今回のクルーズでは、ジャーナリストの伊高浩昭氏、文筆家・イラストレータの金井真紀氏、ケニアのマゴソ コミュニティー センター共同設立運営者の早川千晶氏など、内外から多くの識者が乗船した。


