ピースボートの日本一周
世界を知る船で、日本を知る

ピースボートの日本一周 世界を知る船で、日本を知る
CRUISE STORY
クルーズストーリー
2026.10.27
世界一周で培った学びと交流のエッセンスを、21日間の航海に凝縮。
多世代・多国籍の乗客とともにめぐった、ピースボートならではの日本一周をレポートする。
写真・文=金丸知好
ピースボートの「パシフィック・ワールド」(7万7441トン)。もともとプリンセス・クルーズの「サン・プリンセス」として運航されてきた船で、日本の旅行会社がチャーターしたこともあり、親しみを持つ人も多い。撮影=木下栞那

■大人から子供まで日本一周を楽しむ夏休み

 

7月26日。パシフィック・ワールドは、横浜を出航した。だが、いつもの地球をひとまわりする航海ではない。日本をぐるりとめぐるクルーズの幕開きである。

 

乗客数は約1700名。寄港地は沖縄から北海道まで日本各地、さらに台湾(基隆)と韓国(釜山)も含んだ11港。基隆から合流する台湾人150名を含む海外の乗客(他に韓国、シンガポール、タイ、中国、マレーシア、香港、米国)の数は270人と、全体の約15パーセントを占める。これは世界一周クルーズとさほど変わらない構成でもある。

 

しかし、ベイブリッジをくぐった船のプールには、待ちきれないとばかりに泳いだりはしゃいだりと元気な子供たちの姿が。夏休みを利用して乗船した高校生までの乗客数は270人。その大半が「おじいちゃん、おばあちゃんとその孫」という組み合わせでの参加だ。世界一周では見られない子供のための企画も目白押し。キッズ向けチアダンス、小中高生向け世界遺産講座なども登場した。

 

大人は世界一周リピーターも多いが、「いきなり100日の世界一周はちょっと難しいけど、日本一周なら」という方々や、日本船や外国船のクルーズ経験はあるがピースボートは初めてというビギナーも少なくない。「お試しピースボート」といった雰囲気も漂う。

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子供の参加者も多く、プールデッキはにぎわいに満ちていた
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広島出港翌日に行われたウェルカムパーティー。これから始まる旅の高揚感に満ちていた。撮影=木下栞那

■ヘビーリピーターも満足の一日

 

日本一周のハイライトは、日本三景(宮島・天橋立・松島)をすべて訪問できること。日本の魅力を東西南北でたっぷり感じられた。筆者は那覇で再建間近の首里城を観光し、国際通りでは泡盛片手に沖縄料理に舌鼓を打った。舞鶴では在来線で福井県小浜へ行き、北前船交易で栄えた風情ある町並みを歩いた。小樽ではクルーズターミナルの目の前にある小樽運河に沿って散歩。鱗友朝市で沖縄とは全く種類の異なる魚たちに日本の広さを感じ、食堂で海鮮丼をいただいた。そして宮城県石巻では、四百年前にここから遠くメキシコへ向かった洋式帆船サン・ファン・バウティスタの復元船を見て、その姿をピースボートの世界一周に重ね合わせた。

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福井県小浜市の三丁町の町並み。木造の町家が細い通り沿いに連なり、格子戸や出格子が残る旧茶屋町の景観
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日本三景のひとつ天橋立。天橋立ビューランドの「サイクルカー」を体験した乗客も。撮影=木下栞那

 

さらに台湾や韓国にも寄港するので、海外旅行も楽しめる。基隆では港近くの廟口夜市で台湾B級グルメを満喫。楽しげな乗客の姿も目についた。釜山では海雲台リバークルーズとブルーラインの海辺列車を初体験。釜山ヘビーリピーターの筆者もご満悦の一日を過ごせた。

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韓国の釜山の海雲台ブルーラインパークのスカイカプセル。釜山らしい海岸風景を楽しめる
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マスカレードパーティーでは、参加者が仮面をつけて非日常な雰囲気を楽しんだ。撮影=木下栞那
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世界一周クルーズでも人気の水彩画教室が日本一周でも行われた

 

■平和について考え、被災地支援に向き合う

 

レジャークルーズムード満点の日本一周だが、随所にピースボートらしさも垣間見えた。例えば最初の寄港地・広島。ピースボートでは2008年から「おりづるプロジェクト」を実施し、広島・長崎の被爆者の方々とともに船で世界各地を訪れ、原爆被害の実相を伝える証言活動を行っている。今回の広島寄港にあわせて、これまでともに活動してきた被爆者の方々やそのご家族などを船上に招待。広島市の松井一實市長も出席し、これからの核兵器廃絶と平和への取り組みを考えるフォーラムを停泊中の船内で開催した。

 

同時に、パシフィック・ワールド船内では「ノーベル平和賞洋上特別展」も開設された。この特別展は終日航海日に乗客にも公開され、自由に見学できた。疎開先の広島で被爆し、現在は「語り部」として国内外で被爆の実相を語る活動を続ける花垣ルミさんも横浜から乗船。中高生向けに体験談を披露する機会もあった。

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広島で行われた船上フォーラムの様子
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船内には、ノーベル平和センターと連携した特別展「A Message to Humanity」を常設。被爆者の証言や核兵器廃絶へのメッセージを世界に伝える

 

21日間のクルーズは「前半は広島・沖縄・長崎で平和について考え、後半は金沢(輪島)・石巻で被災地支援に向き合う」船旅だ。ピースボートは長年、公益社団法人ピースボート災害支援センター(PBV)を運営、被災地の支援に取り組む。今回もその活動報告がされた。PBV理事・小林深吾さんが釜山から乗船し、金沢では輪島の現在を見るツアーに同行。

 

そしてこのクルーズ中の7月28日、熊本県で最大震度7の地震が発生した。翌日、PBVは被災地入り。現地調査と緊急支援活動を始めた。船内では、支援活動を続けている石巻、そして熊本の現状報告会が催された。

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フォーラムで語るピースボート共同代表の吉岡達也氏
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色とりどりの折り鶴を収めた船内アート。平和への願いを象徴する折り鶴は、ピースボートを象徴するモチーフ

 

■ピースボートが取り組む長年の災害支援

 

1983年に始まったピースボートの船旅は、世界各地の人と顔の見える交流を重ねてきた。そこで培った人的なつながりは、災害支援にも生かされている。

 

ピースボートは阪神・淡路大震災を機に支援活動を本格化させた。その後国内外の被災地で経験を重ね、東日本大震災が発生した2011年、継続的かつ専門的な支援を担う組織として公益社団法人ピースボート災害支援センター(PBV)を設立。

 

PBVが掲げるのは「人こそが人を支援できるということ」。災害発生時には先遣スタッフを派遣し、被害とニーズを調査、迅速な応急対応を行う。さらに、仮設住宅での見守りやコミュニティ形成など、中長期の生活再建まで状況に応じて支援を続ける。これまで国内88地域、海外34カ国で活動し、延べ活動人数は12万人を超えた。

 

2024年の能登半島地震では、発災翌日から現地で活動を開始。同年9月の豪雨による二重被災にも対応し、輪島市では避難所運営などを担った。避難所の閉所後は、仮設住宅などで暮らす人へ支援活動を展開。孤立しやすい在宅避難者を訪ねる移動型サロン「よっていかん家」、町野町の交流拠点「まちのの間」など、コミュニティを取り戻す取り組みに注力する。

 

 

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かつて朝市のにぎわいがあった輪島中心地は、2026年8月も更地のままだ。寄港地ツアーではこうした場所も訪れた

 

「地震から2年半が経ち、報道も少なくなりました。一方で、まだ仮設住宅暮らしをしている人は多くいます。さらに支援が必要な人に支援が確実に繋がっているかというと、まだ課題は多くあります」。そう語るのは輪島市出身で現在もPBVスタッフとして働く澤田かをりさんだ。理事の小林深吾さんも「人口流出や高齢化が進むなか、どうやって孤立を防ぎ、生活を再建するかという課題が残っています」と語る。

 

こうしたPBVの活動は、寄港地ツアーにも反映されている。今回の日本一周では上記の2人が輪島への寄港ツアーに同行。車内でマイクを握って現状を報告したほか、町の交流拠点「まちのの間」で地元住民と交流する時間も。

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「まちのの間」で地元住民と乗客が交流するシーンも。ピースボートならではの寄港地観光ツアーで、満席だった

乗客の中にはPBVのサポート会員になる人も。船旅で生まれた出会いや関心が、被災地への継続的な支援につながる──それもまた、ピースボートの船旅が持つ、ひとつの側面だ。

ピースボートPVBスタッフ
PBVの理事・小林深吾さんと澤田かをりさん。地元出身者が地元で支援を行っているのも、心が通った支援になっている
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