クイーン・エリザベス(キュナード・ライン)日本発着
英国文化と日本の伝統 ともに感じる、静謐な船旅
ディナー後にクイーンズ・ルームへ行くと、そこではベネチア伝統の仮面舞踏会(マスカレード)を彷彿とさせるダンスタイムが始まっていた。社交ダンスと聞くと及び腰になりがちだが、ダンスホストにリードしてもらえば形にはなるから案ずることはない。サルサやタンゴのリズムに乗せてダンスを楽しんだ後、踊り足りない人々はヨット・クラブへ流れていく。「普段はしない遊びよね」と満足そうな日本人も。『ダンシング・クイーン』などの軽快な曲に合わせて、各国の人々が深夜過ぎまでともにディスコダンスを楽しんでいた。
●日本もキュナードも楽しめる旅
翌3日目、船は金沢に到着した。少し曇った空の下、兼六園などをめぐる英語ツアーのバスに乗り込んだ。日本三名園の一つに数えられる兼六園は、四季折々の美しさを楽しめる廻遊式庭園である。外国人観光客であふれている庭園は、コロナ禍を経て国境が開いたことの証だといえる。それを祝福するかのように、木々には新緑が生き生きと芽吹いている。日本の美を象徴するこの景観は、外国人の目にどのように映っているだろうか。庭園の中心部にあたる霞ヶ池を見ながら、ある乗客はこう述べた。「すばらしい庭園だね。息子の勧めに従って日本に来てよかった。キュナードのクルーズも好きだから一石二鳥だよ」。それを聞いて誇らしい気持ちになった。この日はどの国の人も金沢名物の話題に花を咲かせ、出港時には陸から鳴り響いてくる近江太鼓を聞きながら、ともに感極まって目を赤くしていた。
翌4日目の朝、船は予定通り秋田に到着した。なまはげの熱い歓迎を受けつつも、この日はあいにく肌寒い雨模様。しかし雨だからこそ、バスツアーで訪れた田沢湖ではまるで水墨画のような風景が広がっていた。湖を背景に可憐な桜の木が佇む様子は息をのむほど美しい。その後は角館へ向かう。江戸時代の町並みや建物がそのまま残されたこの地区で、武家屋敷の石黒家と青柳家をめぐるのだ。外国人の乗客たちは、歴史的な家屋の造りや、鎧兜などの武具を興味深そうに眺めている。日本のさわやかな4月を体験してもらえたらと思うが、ある乗客は「英国はそもそも曇りや雨が多いから平気。雨は靴を洗う方法のひとつだしね」と朗らかだ。はて、「靴を洗う」というくだりは英国流のウィットなのか。ともあれ好意的な意見を聞けたことに安堵した。
●寄港地での熱烈な歓迎
秋田出港後は2度目のガラ・イブニングを楽しむ。レッド&ゴールドと呼ばれるこの夜、船内は赤やゴールドのドレスやジャケットをまとった乗客でキラキラと光輝いた。アクセサリーやネクタイに赤やゴールドをセンス良く取り入れる人々も。筆者もゴールドのドレスを着てディナーを楽しみ、その後はミッドシップス・バーへ。そこで日本に発想源を得たというオリジナル・カクテルを発見。柚子が香るユニークなカクテルを味わってみる。ミュージカル『トップハット』の開演に合わせてロイヤル・コート・シアターに入り、持ち込んだカクテルをすすりつつ男女の恋騒動のコメディを堪能した。まるでウェストエンドの劇場でミュージカルを楽しんでいるかのようだ。贅沢な夜の時間に心から満足して眠りについた。
翌5日目は終日航海日。この日はついに晴天に恵まれ、プールデッキはホットドッグなどのスナックを片手にくつろぐ人々でにぎわっている。筆者もデッキで衛星Wi-Fi(有料)を使いメールチェックなどの雑事を片付けた。陸に近い時は日本のインターネット環境も利用しやすいから「このままワーケーションができたらな」とすでに翌日の下船を憂えている。午後の日本文化体験イベントでは、日本人乗客のボランティアが外国人乗客のために書道の腕を発揮していた。筆の先から英語名のカタカナがすらすら出てくるのを見て、「マジックみたいだね」と目を丸くする外国人もいた。