心の赴くままに、素晴らしきワイナリーめぐり
ニコ・クルーズの中欧ドナウ川クルーズ

文=冨永真奈美
ドナウ川は古代より、ワインを運ぶ重要な水路だった。この川はまた、ブドウ栽培にも恵みを与える。暑さや寒さがやわらぐことでブドウはより安定して成熟し、エレガントな酸と豊かな果実味を持つワインになるという。さらにこの川は、流通や栽培などの面でワイン造りを支えてきた大動脈であり、川沿いの寄港地には有名なワイン産地が多く、老舗から新進気鋭まで多彩なワイナリーが集まっている。
リバークルーズなら船に乗ったまま楽に寄港地間を移動でき、しかも街中に停泊するのでタクシーなどを利用してワイナリーを訪問しやすい。この利点を生かし、オーストリアとスロバキアの2カ国3寄港地で3つのワイナリーを個人でめぐることに決めた。


クレムスタール(オーストリア/ニーダーエステライヒ州)
乗船2日目に、ユネスコ世界遺産バッハウ渓谷のクルージングを楽しんだ。緑の木々に覆われた丘陵には古城や修道院がそびえ立ち、段々畑に植わったブドウの樹々が韻律を刻むような軽やかさで広がっている。「ドナウ川で最も美しい」とされる美景を船上で眺めていると、いつの間にか最初の寄港地のクレムスに到着していた。バッハウ渓谷の東端に位置するクレムスは、オーストリア最大の高品質ワイン産地ニーダーエステライヒ州のクレムスタールに属する街である。




ニーダーエステライヒ州はまた、グリューナー・ヴェルトリーナー(白ブドウ)というオーストリアの地場品種が多く栽培されている場所だ。このブドウから造られる白ワインは心地よい酸味が特徴で、寿司や刺身といった日本食との相性が抜群なのだ。だから本場でそのワインを味わうのが楽しみだった。
桟橋からタクシーで10分も経たないうちに着いたのはフェアトホフ・ワイナリーだ。2021年創業の新しいワイナリーだが、建物は16世紀後半の古式ゆかしい建造物を改装したものだ。


「皆さんの期待に応え、おいしいワインを造ろうとがんばっていますよ」と、醸造責任者のアニカ・ホフマンさんは力強く語る。ドイツ出身のアニカさんがオーストリアに移住したのは2007年とのこと。それ以来バッハウやクレムスタールといった、ドナウ川髄一の美景の中でワイン造りに携わっている。「この美しい渓谷、そして何よりもワイン造りを愛しています」と朗らかに笑う。
見晴らしの良いテイスティングルームで、グリューナー・ヴェルトリーナーの試飲を楽しんだ。最初の一杯は、クレムスタールのシュタイン村のブドウのみで造られたもの。爽やかな酸味とライムの香りが心地よく、親しみやすい味わいだ。続いて単一畑のブドウを使ったワインも同じくさわやかだが、こちらは桃の風味とミネラル感が際立つ。どちらも白胡椒のニュアンスが特徴的でとてもおいしい。



「同じブドウ品種でも、育った場所や醸造方法が違うと風味に違いが出ますからね。5人の造り手がいたら5通りのワインができあがりますよ」とアニカさんは言う。アニカさんと話していると、アニカさんをはじめワイン造りに携わる人々は、専門知識はもちろん、長い間現場にいるからこそ培われた直感をもとに精緻なワイン造りを行っているのだと感じられる。そして造り手によって異なるワインができあがるのなら、今日はアニカさんが造った初夏の暑さを吹き飛ばすような、さわやかなグリューナー・ヴェルトリーナーを味わえてよかったと心から思えた。
今後、ショップやワインバーをさらに整え、2026年またはそれ以降にホテルとレストランも完成するとのこと。フェアトホフ・ワイナリーは、本格的な滞在型ワイナリーへ生まれ変わろうとしている。次回は数日泊まってワインと食事を楽しもうと決めた。


その日の夕刻、船上のディナーでもグリューナー・ヴェルトリーナーを楽しんだ。ペアリングしたのは、クルーにすすめてもらった欧州のマトウダイのグリル。オランデーズソースとアスパラガスの付け合わせが、ワインのさわやかな酸味と柑橘系の風味にぴったりだ。ダイニングの全面窓を通して、先ほどまでいたグリューナー・ヴェルトリーナーの段々畑がよく見える。こんな陸との近しさもリバークルーズならではの魅力だと実感した。








