客船評論家ダグラス・ワードのクルーズ・ウォッチ
毎回テーマに沿って、分析&解説していきます。今号はウクライナ危機について。
【今号のテーマ】ウクライナ危機とクルーズ
──はじめに、ウクライナとロシアの戦争がクルーズに与えた影響を教えて下さい。
大きな打撃を受けたのはバルト海クルーズです。ロシアによるウクライナ侵攻が始まったのは今年2月24日でした。通常ならば4月末からバルト海クルーズはシーズンに入りますが、航路変更やクルーズ自体をキャンセルした船社がほとんどです。
ロシア第二の都市サンクトペテルブルクは世界遺産の都市なので停泊する船も多く、バルト海クルーズではハイライトになる港です。しかし全社が寄港を中止しました。ドイツやスウェーデンなどに代替港を見つけ、発着港を変更しない船社が多いようです。
ボルガ川のリバークルーズも欧米人には無理でしょう。乗船地がモスクワまたはサンクトペテルブルグであるため、航空機が欠航していて行けません。
また数は少ないのですが、ロシア北部ムルマンスクから乗船し北極点へ向かうクルーズも欠航に。コロナ禍が一段落して、やっと再開する矢先でした。ロシアへ行くのは物理的にも心理的にもしばらく厳しい状況です。
──経済的な面はどうですか。
これが最大の問題になっていると思います。もはやクルーズ業界だけではありません。各家庭から大企業まで、世界中で光熱費や食費などの物価上昇が予想されています。
ロシアとウクライナの両国が産出するエネルギー資源の供給不足がそのひとつ。燃料も値上がりしますから、クルーズでも食品や必需品輸送費が便乗して高騰するでしょう。
またロシアとウクライナは世界でも有数の小麦輸出国で小麦粉の生産や輸出量が危惧されています。英国でもパンの値上がりは必須だと報じられました。
このような状況ですから、クルーズ料金に影響が及んでも不思議はありません。英国では南部サザンプトン港などから航空機での移動が不要なクルーズが好評です。コロナ禍を挽回するため「インクルーシブ」のサービスを取り入れる船社が増えました。ドリンクやWi-Fi、チップなどが料金に含まれるわけです。
しかしコスト高になり今後これを継続できるでしょうか。チップを削除したり、ワインの品目を見直したりする船社が出てくるかもしれません。またウォッカなどロシア製品をボイコットする動きも出ています。
──船社はウクライナやウクライナ人のクルーを支援をしているそうですね。
はい。うれしいことに多くの船社が乗船中のクルーに援助の手を差し伸べました。ウクライナ人だけでなく、ロシア人クルーも国籍がロシアだというだけで罪はありません。しかし経済制裁のためロシアで発行されたクレジットカードが使用できない場合も考えられるのです。
2月末にロイヤル・カリビアン・インターナショナル(RCI)は、船隊24隻に乗船中のウクライナ人クルー約500人を支援していくと発表しました。ウクライナの南部オデッサ出身の優秀な航海士が多いですし、キーウ(キエフ)出身のダンサーやエンターテイナーは、客船ではスター的な存在です。船社は以下のような支援を提供しているそうです。
・船内から家族に電話可
・契約を終了して下船も可
・休暇を早く終え帰船も可
・カウンセリングも提供
合計200人もいるロシア人クルーにも同様のサポートをしていくそうです。彼らにも影響は及ぶでしょうから。
3月下旬にイタリアのコスタクルーズは「コスタ マジカ」(約10万3000千トン)を、ウクライナ難民の仮設住宅として提供できる、とイタリア政府に申し出ました。
当時のウクライナ難民数は300万人を超え、イタリアに6万人以上が入国していました。本船は運休中でイタリア沖に滞在していたそうです。
同じくイタリア船社MSCクルーズでは、船隊19隻に400人以上のウクライナ人クルーが乗船しています。同社も彼らの契約短縮を認めたり、インターネットのアクセスを許可するだけではなく、クルーの家族も支援する、と3月下旬に発表しました。
MSC財団はウクライナに隣接するルーマニアにクルーの家族のための収容施設200室を確保しました。場所はオデッサに近いコンスタンツァで、1カ月滞在でき食事を含め全経費を負担してくれるそうです。
──2022年の後半はどんな予想でしょうか。
この戦争は既に長期化していますが、感染予防対策同様、しばらく続いていくかもしれません。4月現在、ロシア領空は飛行禁止になっているので日本から欧州へ行く便は欠航や航路変更が増えています。しかし日本人の皆さんがフライ&クルーズできる頃には、きっと正常な状態に戻っていることでしょう。
何事も流動的な昨今ですが、今年こそ「コロナ鎖国」が終わり、外国船による日本発着クルーズの再開を心から期待しています。
今夏には400隻以上の客船が就航するという明るい予想も出ていますし、年内に新船社ザ・リッツ・カールトン・ヨット・コレクションの新造船などもデビュー予定です。私自身は5月17日にマルタ島で行われた「バイキング・マーズ」(4万7842トン)の命名式とお披露目クルーズに行きました。楽しいクルーズの世界が確実に戻ってきているのを感じた次第です。
ダグラス・ワード
Douglas Ward
客船評論家。乗船歴55年。2021年末出版の「リバー・クルージング(欧州&北米版)」(インサイト・ガイド刊)の著者。乗船と執筆を精力的にこなす。音楽や庭仕事が趣味。刺身とジントニックの愛好者。英国在住。
★2021年末に出版された「リバー・クルージング(欧州&北米版)」(インサイト・ガイド刊、英語版)。インターネット通販のアマゾンなどで購入できます。
http://www.amazon.co.jp