客船評論家ダグラス・ワードのクルーズ・ウォッチ

客船評論家ダグラス・ワード氏の連載。昨今のクルーズ業界を俯瞰し、
毎回テーマに沿って、分析&解説していきます。今号は「今どきの避難訓練」。
客船評論家ダグラス・ワードの「クルーズ・ウォッチ」 今どきの避難訓練
ダグラス・ワード Douglas Ward

【今号のテーマ】今どきの避難訓練

――コロナ禍で最も変化したのはなんでしょうか。

 

クルーズ船ではさまざまなところで規制が設置されました。その中で乗客全員にかかわるのが、今回取り上げる避難訓練でしょう。法律で参加義務がありますから、何度もクルーズに参加した方も避難訓練は出なければなりません。コロナ前は以下のような流れで行われていたと思います。船社により省略される部分もありましたが。

 

1.短音7回長音1回の警笛を聞く
(緊急避難信号)
2.指定の集合場所へ移動
(救命胴衣を持参・着衣)
3.参加者の点呼
4.緊急時の説明を放送で聞く
5.救命胴衣の付け方を見る
6.救命ボート乗り場へ移動
7.解散

 

万が一のために避難訓練を行うわけですが、実際に救命ボートに乗って本船から退船しなければならない事態が発生する確率は、極めて低いといえます。それよりコロナウィルスに感染する可能性のほうが高いため、各船社は安全に実施するために工夫を凝らして新しいシステムに作り変えたのです。

 

客船評論家ダグラス・ワードの「クルーズ・ウォッチ」 今どきの避難訓練
コロナ禍前の避難訓練は、人が集い、救命胴衣の着方などを直接クルーから伝えられた

 

――具体的な例をおしえて下さい。

 

まず「密」を避けるために、全員が大集合することはほぼ廃止されました。いくらマスクを着用し、乗船前に検査をしても、船内のラウンジに集まるのはやはり不安に感じることもあるでしょう。

 

上記で挙げた過去の訓練では2~5にあたる部分です。代わりに客室のテレビで放映される、安全に関する映像を見る船が増えました。乗船後、客室に入るとすでに映像が流れているでしょう。2種類ほどあり、分かりやすいのが特徴です。

アニメ画像
乗客乗員による実録版

 

どちらも上記1の緊急信号が実際に流れます。TVの字幕部分には

短音「・・・・・・・」
長音「ーーーーーーー」

というように表記される船もありました。

客船評論家ダグラス・ワードの「クルーズ・ウォッチ」 今どきの避難訓練
コロナ禍以降、客室のテレビで避難訓練のビデオを流す船社も増えた

救命胴衣の付け方も映像で学びます。救助を呼ぶ笛の使い方の説明のほか、頭を覆う帽子や暖かい服装、歩きやすい靴、常備薬の持参なども緊急集合時は必要です。安全に関するこのビデオを見たかどうかの確認方法は、船社によって異なります。

 

●テレビ画面に確認のチェックを入れる
●ビデオを見た後、指定集合場所へ行って点呼を受ける
(名簿持参の係が待機中)
●確認なし

 

基本的に全員が集合する避難訓練ではなく、上記のように各自で行う形式がしばらく続くと予想されます。

 

――救命胴衣が客室から消えていると聞きますが。

 

すべての客船ではないはずですが、ここ数年私が乗った外国船ではほとんど見かけませんでした。ご想像の通り、不特定多数の人が接触するからです。一度ひとりが触れたら消毒が必要になります。ここでまた確率の話になりますがコロナに感染する確率のほうが高くなるので撤去は妥当でしょう。

 

では救命胴衣はどこに保管しているのでしょうか。通常救命ボートがある屋外デッキ倉庫と救命ボート内の2カ所です。乗客数より多めに用意されています。子供同伴なら子供用が必要ですから、客室係にひと声かけておきましょう。実際の訓練が行われなく、感染予防のためにクルーとの接触も減っていますから。

客船評論家ダグラス・ワードの「クルーズ・ウォッチ」 今どきの避難訓練
以前は客室にあり、訓練の時には身に着ける機会もあった救命胴衣だが、現在は目にする機会が減った

例外として、救命胴衣類を客室内に保管している探検船もありました。2022年4月に乗船したフランス船社ポナンの「ル・コマンダンシャルコー」(3万1283トン)です。

 

北極点にも行ける砕氷船で、本格的な寒冷地用の防水防寒ボディスーツが用意されていました。しかし両手で抱えるほどの大きいサイズだったのです。乗客数の分をデッキに保管するのはどう考えても困難です。よって客室のベッド下に置かれていました。訓練は、シアターに距離をとって「緩く」集合。客室でビデオを見るのではなく、集合するという従来の形式をとったのは寒冷地のクルーズという特殊性があったからです。

 

 

客船評論家ダグラス・ワードの「クルーズ・ウォッチ」 今どきの避難訓練
極地を航行する「ル・コマンダンシャルコー」。客室内に本格的な寒冷地用の防水防寒ボディスーツが備えてあった

――最近のクルーズで印象に残った避難訓練はありましたか。

 

2022年5月に乗船した「バイキング・マーズ」(4万7800トン)が記憶に残っています。新造船のため、マルタ島のバレッタから乗船し、避難訓練の後に命名式が行われました。当日の船内新聞には以下が記載されていました。

 

・「午後4時半 避難訓練」
・全員乗船後、安全に関する大切なアナウンスあり、傾聴して下さい

・クルーは救命胴衣を付け、要所に待機します
・船内サービスは停止します
・予定時間に出航できるよう、ご協力願います

 

時間になり「短音7回長音1回」の警笛で訓練が始まりました。救命胴衣は客室にはありません。放送による説明は、どこで聞いてもよかったようです。集合は不要だったのですが、不明瞭だったので私を含め船内を歩き回る乗客がけっこういました。説明が終わり、訓練が無事完了しました。

 

コロナ禍のクルーズでは多くの変化を受容していくことが必要だと感じた避難訓練でした。

客船評論家ダグラス・ワードの「クルーズ・ウォッチ」 今どきの避難訓練
バイキング・オーシャン・クルーズの第8船「バイキング・マーズ」
プロフィール

ダグラス・ワード

Douglas Ward

 

客船評論家。乗船歴55年。2021年末出版の「リバー・クルージング(欧州&北米版)」(インサイト・ガイド刊)の著者。同社によるオーシャンクルーズ版を現在執筆中で、2023年出版予定。音楽や庭仕事が趣味。刺身とジントニックの愛好者。英国在住。

プロフィール

★2021年末に出版された「リバー・クルージング(欧州&北米版)」(インサイト・ガイド刊、英語版)。インターネット通販のアマゾンなどで購入できます。
http://www.amazon.co.jp

聞き手・翻訳=吉田あやこ
クルーズアンバサダー。乗船歴33年、在英28年。「クイーン・エリザベス2」と初代「飛鳥」の元乗組員。欧州クルーズを中心に乗船中。
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