ピースボート、新たな船出
世界一周クルーズで開く扉
5月14日、アテネの空は青かった。久しぶりに踏みしめるヨーロッパの地だ。はるばるギリシャに飛んだ理由。それはピースボートの新しい船に乗るためだ。
街中で「世界一周の船旅」というポスターを見かけた人は少なくないのではないか。日本発着で世界一周を毎年、それも年に複数回行っているピースボート。いまや「世界一周といえばピースボート」という観すらある。
しかしコロナ禍の影響で、世界一周クルーズもこの3年は実施されず。この春、久しぶりに再開されたのが今回のクルーズであった。なお、今クルーズではアジアからスエズ運河を抜けて地中海、英仏に寄港。北極圏を航行後、大西洋を南下しパナマ運河を越え太平洋を横断して日本に戻る。日本を出航した客船で、欧州のハイライトをいち早くめぐる船旅でもある。世界一周でも毎回同じコースをたどるのではなく、今後はアイスランド付近でオーロラを見るものや、アフリカや南米など南半球をめぐるクルーズも用意されており、実に多彩だ。
ピースボートの世界一周は1990年に始まっている。その時船出したのはギリシャ。同国の客船をチャーターしたことから、ピレウス発着となった。西洋文明揺籃の地はピースボート世界一周クルーズ発祥の地でもあったのだ。船を待つ間、私はそんな思いとともにアテネの古代遺跡をめぐった。
翌朝、ピレウスに一隻の客船が入港していた。「パシフィック・ワールド」。この日、私はその船上の人となった。深夜、エーゲ海を連想させる青色の丸屋根を持つギリシャ正教会が、漆黒の闇のなかに明るく浮かび上がるピレウスの街を、船は静かに離れていった。
終日航海日になれば、私は船内をひたすら歩き回ることにした。そこで感じたのは穏やかで、誰もがクルーズを楽しむ空気だった。
クルーズディレクターを務めるのは田村美和子さん。6年前、本誌の取材で当時の「オーシャンドリーム」に横浜からシンガポールまで乗船したが、そのときのクルーズディレクターも田村さんだった。彼女に、今の船内について尋ねてみる。「出航から1カ月が経過して、ようやく乗船者もピースボートスタッフもクルーズの楽しみ方が板についてきた。これは世界一周というロングクルーズならではの良さでは」とのこと。
ピースボートとして3年ぶりの航海は、コロナ禍以降、初の日本発着・世界一周クルーズでもある。その想いもやはり聞かざるを得ない。田村さんは横浜および神戸での出航式について語った。私も6年前のオーシャンドリームで経験しているが、ピースボートの出航式では船上の乗船者とふ頭の見送りの人々が、離岸の瞬間、「行ってきま~す!」「行ってらっしゃーい!!」とエール交換のように双方感情を爆発させる。船上の人々は何度も「行ってきます!」を連呼したものだ。
ところが、今回は違った。2回目の「行ってきます」が出なかったという。声にならなかったのだ。それはスタッフも乗船者も同じ。「いよいよ船出したんだ」「これから本当に始まるんだ」。誰もがこの3年間の日々を想い起し、「行ってきます!」では表現しきれない感情がこみ上げたのだ。
■バージョンアップして洗練さを兼ね備えた船内
伝統的な客船の旅を味わう
ピースボートはパシフィック・ワールドという新しい船で世界一周を再開した。その前身は「サン・プリンセス」。2013年に日本発着の周遊クルーズを本格的に始めたパイオニアである。2019年にはJTBのチャーターで世界一周クルーズを成功させた。そういうことから日本人にもなじみの深い船である。そして2020年には東京五輪期間のホテルシップとして横浜港に停泊の予定だった。しかし五輪の延期でその計画も宙に浮き、直後にピースボートがチャーターを決めた。
ウッドデッキや船内に漂うシックな雰囲気は伝統的な客船のたたずまい。昨今のクルーズ客船のような派手さはないが、ロングクルーズを過ごすにはちょうどいい。また、サン・プリンセスの痕跡がところどころに残っており、その時代に乗船した経験のある人たちを喜ばせていた。