コロナ禍後、クルーズの世界の変化は
【クルーズ業界の歴史シリーズ:クルーズ応援談】第7回
一方でこの時期を経たことで、船内の感染症対策など多くの英知も得て進化した。
さらに近年最重要課題となっているのが、クルーズ船におけるサステナビリティ。
今後、クルーズの世界はどんな未来を目指すのか。
クルーズの歴史をひもといてきたシリーズ連載の最終回。
■コロナ禍後、完全回復に向かって階段を上る
クルーズライン・インターナショナル・アソシエーション(CLIA)のまとめによると、コロナ禍前の2019年に世界のクルーズ人口は2970万人に達し、過去最高を記録した。だが、翌年、コロナ禍で全世界のクルーズ客船のほとんどが運航を停止、乗客数は580万人にまで落ち込んだ。この感染症の流行はクルーズ史上最大の「事件」だった。しかし、その後CLIAによる今後の見通しは強気だった。2022年に完全な回復基調に戻り、2023年末には2019年の実績を超えるとしている。
好調な予約状況やアンケートの結果などから、集客に一定の手応えを感じているのだろう。ただし、このレポートにはロシアによるウクライナ侵略とその後の世界情勢、経済動向などは織り込まれていない。その意味では楽観的な予測のように思えるが、戦争やテロ、感染症など数多くの難局を乗り切ってきたクルーズ業界の「地力」と、クルーズをそろそろ楽しみたいという消費者欲求の高まりを考えると、V字回復は厳しいにしても完全復活に向かって着実に階段を登っていくのは間違いないだろう。
■クルーズの世界でも進むオンラインチェックイン
クルーズ客船の感染症防止対策や乗船の手順などについては、パンデミック以降、各船社は試行錯誤を繰り返しながら、観光・レジャー業界で最も厳しいガイドラインに沿って対策を講じてきた。乗客乗員の健康と安全のプロトコル、行動規制など、コロナ禍で船会社はこれ以上の対策は思いつかないと言ってもよいぐらいの緻密な措置を講じた。感染を100パーセント防げる手立てはない。しかし、医療とIT技術を駆使したポストコロナのクルーズは、さらに安全、安心、快適な旅へと進化している。
タッチレスや密集回避に向けて、海外クルーズ船社では航空機やホテルと同様、オンラインチェックインやスマホでの電子乗船チケットの提示が当たり前になってきた。ひと昔前なら、スタッフが手取り足取り案内しなければサービスが悪い、気が利かないなどと受け取られがちだったが、今はこの方が親切、適切な対応ということになる。
乗客のチェックインの時間帯は客室カテゴリーなどによって分けられ、希望を伝えておけばその時間に乗船できる。その連絡や確認もスマホだ。指の太い人やITが苦手な人には面倒な作業かもしれないが、将来、コロナとは別の感染症が広がったとしても、このシステムがあれば船社も乗客も柔軟に対処できるだろう。
■スマホ&アプリ利用で、非接触サービスの増加
船内の対策も万全だ。多くの船会社が自社が運航する客船の換気システムを高品質のフィルターを使用するなどアップデートを行なった。こうしたシステムは隣接する空間や客室への二次汚染を防ぐ。万が一に備えた隔離エリアや医療設備もあり、クルーズ船内は自宅より清浄な空気にあふれていると言えそうだ。
スマホのアプリケーションやそれに連携するデバイスを使って、船内サービスはタッチレス化に向かっている。プリンセス・クルーズのメダル型端末「メダリオン」は非接触型のルームキーとして使えるほか、飲み物や食事、買い物のオーダー、寄港地観光の予約、船内新聞、支払い精算など、機能満載の優れものだ。避難訓練時の階段や集合場所での密集を避けるため、多くの船会社が新たなシステムを開発。乗客はスマホや客室のインタラクティブテレビを利用して、緊急時の対応や避難場所、ライフジャケットの装着方法などを、出航前に自分の好きな時間に確認できたりする。乗客は指定された集合場所に行き、乗組員がすべての手順が完了していることを確認したら、乗客のキーカードをスキャンして終了するなど簡略化されている。
こうした乗客乗員を保護する態勢はこれまで以上にしっかりしたものになりそうだが、一方でサステナビリティに対する対策も急務になっている。CLIAは2021年11月、メンバーの外航クルーズ船社は2050年までにカーボンニュートラルを目指すことを発表、新技術とクリーン燃料に投資していく方針を示した。クルーズ業界は重油の代替燃料としてLNGをはじめ、バイオディーゼル、メタノール、アンモニア、水素、電気バッテリーなどを使用する船の開発を急いでいる。技術的な問題や供給体制、ルール規制の課題があるものの、クルーズ業界の新造船への積極的な投資が、これらの代替燃料を使用した船の研究を促進しているとしている。
寄港地での陸上電力供給(OPS)もカーボンニュートラルに向けた取り組みの一つ。船は停泊中も発電のためにエンジンを回して電力を確保しているが、これを陸上からの給電に切り替えるというもので、アラスカの港ではかなり前からOPSに取り組んでいる。ただ、これには港湾のインフラ整備に巨額の投資が必要になる。このため、船社、港湾、地元自治体が一体となってOPSを促進している。発注済み新造船の82パーセントにOPS対応の設備が備わるか、あるいは追加装備でスタイバイ状態になる見込みという。現在、OPSができるクルーズ港は世界に14カ所、受入可能な船腹は35パーセントに止まっている。
CLIAによると、LNG燃料については2021年時点で新造船の52パーセントが使用している。硫黄酸化物(SOx)対策では76パーセント以上の船に排ガス浄化装置(EGCS)を装備。高度排水処理は発注済みの新造船すべてに搭載する。現在、CLIA外航クルーズ船隊の74パーセントが、高度廃水処理システムを装備している。
LNG燃料は燃焼時にSOxをほとんど排出しない。ただし、二酸化炭素(CO2)や窒素酸化物(NOx)の排出量は重油に比べて少ないものの、ゼロではない。そのため、LNG燃料は新たな代替エネルギーが開発されるまでのつなぎ、通過点に過ぎないといわれる。乗員乗客の健康とともに地球環境を守るのは当然の義務としとても、コロナ禍で経済的にダメージを被った今のクルーズ業界には重いテーマである。踏ん張り続けるしかない。
コロナ禍を経て小型のラグジュアリークルーズ客船が脚光を浴びている。特に極地や僻地をめぐるエクスペディションクルーズを展開する動きが活発化しており、アトラスオーシャンボヤージ、バイキングオーシャンクルーズ、シーボーンなどが本格的に参入している。大型クルーズ客船の対局にある富裕層向けのクルーズで、ゆったりとした船内空間と人混みとは無縁の大自然の中で過ごすのは、今の時勢に合っているのだろう。
とはいえ、極地や手つかずの地に船がラッシュし、大勢の人間が上陸するようなことになれば、環境への影響は必至だろう。オーバーツーリズは絶対に避けなければならい。そろそろ上陸人数に関しても、国際的なルール作りが必要な時期にきているのかもしれない。