飛鳥クルーズ新造船名は「飛鳥Ⅲ」!
伝統・文化を受け継ぐ「洋上の美術館」に驚く
郵船クルーズがついに新造船名を発表した。新たな船名は「飛鳥III」。
これについて郵船クルーズの遠藤弘之代表取締役社長は発表の場で「人と人、人と地域、地域と地域をつなぐ取り組みを行っていく」と命名の背景を語っていた。「まったく新しい船名を期待されていた方には申し訳ないと思いつつ」と侘びながら。
確かに、まったく新しい船名を期待していなかったといえば嘘になる。「飛鳥ときたら……弥生はどうかしら?」なんて、食卓で話をしていた人もいるのではないだろうか。
とはいえ新造船名のどこかに「飛鳥」の名が残るというのは、予想していた人もいたのではないだろうか。飛鳥クルーズのブランド名でもあり、初代飛鳥から32年にもわたって親しまれてきたきた名前なのだ。「つなぐ」という命を受けた新造船に、飛鳥の名が受け継がれていくのは自然のことだろう。
「飛鳥」の命名の元となったのは、日本の文化が花開いた「飛鳥時代」。そして日本のクルーズ文化をさらに開こうとしている新造船「飛鳥III」。時代を超えて受け継がれていくのは、「文化を創造する」という意識だろうか。
●外観から始まる、「和のおもてなし」
というのも、船名よりも記者発表の場で一番驚いたのが、新造船「飛鳥III」における日本の文化、芸術への思いだ。
まずは船体に刻まれる船名が、世界的に著名な書家である書家・矢萩春恵氏が揮毫するということに衝撃を受けた。
実は恥ずかしながら発表資料にあった「揮毫」という漢字が読めなかった。「揮毫」とは「きごう」と読み、毛筆で文字や絵を書くこと。すなわち「飛鳥III」の船体に刻まれる文字は、いわゆるフォントではなく、矢萩氏が筆を使って自らの手で記した文字である。世界広しといえども、手書きの文字で船体に船名を刻んだクルーズ船は記憶にない。
揮毫するにあたって矢萩氏は、実際の船体に記されるのと同じサイズの紙を使うことにこだわったそうだ。そうして出来上がった作品は、郵船クルーズの男性社員が3人ががりで持ち上げてようやく広がるほどの大きな作品となった。これについて郵船クルーズの遠藤弘之代表取締役社長は「飛躍を感じさせる躍動感ある作品。ダイナミックな作品が飛鳥Ⅲの船体に入る」と解説した。
近年、船体にアートを施すクルーズ船は少なくない。むしろブームですらある。その多くが船体いっぱいに目を引く華やかなアートを施している。
そこにきて「飛鳥III」は、船名を書で記すというアプローチ。派手さはないけれど、そこ踊るダイナミックな船名は、ひときわ存在感を放つだろう。飛鳥クルーズらしい「和のおもてなし」は、すでに外観から始まりそうだ。
●受け継がれる日本国宝による日本の伝統美
そしていざ船内に足を踏み入れると……いわば船内の顔であり社交場であるアトリウムには、人間国宝である室瀬和美氏の漆芸作品が展示されるという。しかもこちらも高さ9メートル×横3メートルという大型作品だ。伝統を受け継いだ蒔絵技法を用いた作品が、「飛鳥III」のアトリウムでどう生きるのか期待したい。
しかも室橋氏の作品が「飛鳥III」に展示されるに至ったのには、ストーリーがある。実は親会社である日本郵船では戦前、室橋氏の師匠である松田権六氏の作品を客船のダイニングに飾っていたという。蒔絵師であった松田氏は、室橋氏と同じく人間国宝であった。時を経て漆芸の、それも人間国宝の師弟関係が「飛鳥III」で受け継がれていく……「つなぐ」という新造船のコンセプトにふさわしいストーリーなのではないだろうか。
「飛鳥Ⅱ」にももともと多数の美術品が飾られていたが、それがさらにバージョンアップしたのが、日本工芸会とコラボレーションを発表した2021年のこと。船内各所に日本の伝統工芸作品が展示され、5階のエントランスホールには室瀬和美氏のの作品「虎斑蒔絵酒器」も飾られた。
飛鳥Ⅱで展示されているのは酒器だが、「飛鳥Ⅲ」のアトリウムの大型作品はどんな世界観になるのだろう。飛鳥Ⅱと飛鳥Ⅲ、その展示作品を見比べるのも乗船の楽しみとなりそうだ。そしてここにも「つなぐ」の心がいきている。
●和魂洋才な客船と親和性が高い、日本画家の作品
さらに新造船「飛鳥III」には、日本画家・千住博氏の作品がカフェとレストランに展示されるという。その発表を聞いて膝を打ったのは、きっと私だけではないだろう。レストランにはガラス作品が、カフェには飛鳥Ⅲのためにオリジナルで彩色されるフレスコ画が展示される。
千住博氏といえば、高野山の襖絵や羽田空港のアトリウムなどに展示されている大型作品で有名だ。滝をモチーフにした「ウォーターフォール」シリーズに代表されるように、空間に自然美を生み出すような作風は、こと大きな空間だとさらに迫力を増す。
多くの人がクルーズ船を見るとまず、「大きい!」と驚く。フレスコ画が飾られる「飛鳥Ⅲ」のカフェは、街中のそれと比べて広めの空間になるだろう。そこにダイナミックな千住作品はきっとマッチするはずだ。さらには千住氏の作品は大型でありながら、日本画の繊細さや幽玄さも凝縮されている。「和のおもてなし」を受け継ぐ飛鳥IIIとの親和性たるや!
そして「和の伝統を受け継ぐ」としている「飛鳥III」だが、建造がされるのはドイツのマイヤー・ベルフト造船所である。このことについて遠藤社長は「和魂洋才な客船という意味でも画期的だ」とした。
千住博氏自身もニューヨーク在住の日本画家として活躍している。伝統的な日本画技法を用いながらも、その作風からはモダンで洗練された気品が漂う。和魂洋才な客船との相性が悪いはずがない。
●3隻の伝統を受け継ぐ華やかな作品も
さらに「初代・飛鳥」「飛鳥Ⅱ」と乗り続けてきた人にうれしいニュースもある。2隻を彩ってきた田村能里子氏の作品が「飛鳥Ⅲ」でも楽しめることが発表されたのだ。しかも「飛鳥Ⅲ」ではより乗客に近い距離で見られる予定だという。
飛鳥Ⅱの絵画はと言えば、田村氏の「花筏」を連想する人も少なくないだろう。華やかで遊び心にあふれていながら上品さもある作品は、飛鳥クルーズの魅力を象徴するようだ。3隻にわたってその世界観が受け継がれていくこともまた、「つなぐ」をテーマにした新造船らしい。
●洋上の美術館で、作品と一緒に旅をすること
「飛鳥Ⅲ」ではこうした世界的に著名な作家の作品だけでなく、若手作家の作品や、また障がいのある作家の作品も展示するという。アートを公募し、船内に展示する活動をする予定もあるそうだ。
飛鳥Ⅱ船上に日本の伝統工芸作品が飾られたときに気づいたことだが、陸の一般的な美術館で作品を鑑賞するのと、洋上で作品を鑑賞するのとでは大きな違いがある。それは「作品と一緒に旅ができる」ということ。
初見で見たときはシックな印象を受けた作品も、例えば朝日が照る中で見ると、キラキラと華やかに輝いていたりする。時間によって、また自分の気分によって、それぞれの作品に違った表情があることに気づけるのが、「作品と一緒に旅ができる」メリットだろう。
「洋上の美術館」となる「飛鳥Ⅲ」で、作品を一緒に船旅をする日が今から待ち遠しい。