季節の美食と文化に出会う、にっぽん丸の日本一周クルーズ
次の日、船は能登半島、石川県の七尾に入港した。「ようこそ七尾へ」と書かれた大きな看板が目に飛び込む。今年1月の能登半島地震以降、クルーズ船の入港は、にっぽん丸が初とのことだ。歓迎セレモニーが行われ、七尾市長や石川県議、市議、にっぽん丸の船長たちが出席した。「七尾は本来、とても静かな港です。震災の痕なども見て、ぜひ皆さんに伝えてもらいたいです」と市長があいさつ。市議会議員は、七尾には、ラーメン店よりも寿司店の数のほうが多い、と町を紹介した。そして、七尾市から能登産のコシヒカリ米100キログラムが贈呈された。これは後日のディナーに登場し、おいしくいただいた。
午前中、中部西岸の千里浜なぎさドライブウェイを走るツアーに参加したがあいにくの雨空だった。8キロメートル続く砂浜は、晴れたらきっと爽快な波打ち際ドライブだろう。
船に戻ってランチを食べた後、午後は港周辺を一人で散策した。途中、にっぽん丸乗船客の方々と行き交い、七尾の工芸品、和ろうそくの店が近くにあると教えてもらって、一杉通りの「高澤ろうそく店」を訪ねた。地震で店が崩壊し、ここは仮店舗とのこと。店内には、手描きの花模様や、上品でシンプルな形の和ろうそくの数々が販売され、復興への応援の気持ちを込めて少し買い求めた。
船への帰り道、港沿いの「能登フィッシャーマンズワーフ食祭市場」の入り口に「負けないぞ! 七尾! 皆んなで支えよう能登半島」と大きな文字が掲げられていた。広い館内には、新鮮な能登の魚介や食べ物がどっさり並び、観光客でにぎわっていたことは明るい兆しかもしれない。
船に戻った後、ハネムーンクルーズ中だという若い新婚カップルに会い、彼らは、「花嫁のれん館」に行ったと教えてくれた。白無垢と打掛の衣装を着て、七尾伝統の花嫁のれんくぐりをしたと、美しい着物姿の写真を見せてくれた。これもまたクルーズ旅を思い思いに味わう楽しみ方のひとつだ。また、お寿司を食べるツアーに参加した人は、とても満足だったと感想を教えてくれた。七尾の復興が観光からも進むことを祈りたい。
ところで、にっぽん丸は、船内にショップ「Pier 能登」をオープンし、能登の漆製品や和ろうそくなどの工芸品を販売する復興支援の活動も行なっている。
美食クルーズのハイライト
船は日本海をさらに進み、昼頃に鳥取県の境港に入港した。接岸前の時間、晴天の下、雄大な大山が見える広い7階デッキで、青空ヨガストレッチに参加し、気持ち良く身体を伸ばした。午後にはタクシーで約15分の境港駅まで行き、そこから約800メートル続く水木しげるロードを端まで歩いてみた。境港市は漫画家水木しげるの出身地で、境港駅からすでに水木しげるワールド。寄港地で気軽に観光ができるのも、クルーズならではの旅の楽しみ方だ。
今回のクルーズのハイライトの一つは、この夜の「瑞穂」でのディナーだった。関西のグルメ・メディア「あまから手帖」とコラボした「浪速割烹 㐂川」浪速旬膳だ。大阪の名店、㐂川の店主で料理人の上野修氏が、板前さん十数名と共に乗船して手がけた美食のコース。上野氏によるメニュー解説を聞いた後、最初の先付け「蟹の冷製茶碗蒸し」をひと口食べた瞬間、ハッとするようなおいしさの感覚を覚えた。続く「骨溶け鱧の小袖寿司」は、約五日間かけて鱧の骨を溶かしたという。割鮮はタコ、鮪、蒸し鮑など、魚介全てに違う味つけが施されていた。焼き物「海老味噌包み焼き仕立て木姜油風味」は香りも味も絶品。手間暇かけて作られた料理をいただくごとに満足感が蓄積されていく。デザートにいたるまで、これぞ美食を求めるクルーズのハイライトという幸福感で食事を終えた。
最終の寄港地、釜山に到着した朝、台風接近で予定を変更し、すぐ横浜港に帰るというアナウンスが流れた。船旅はこういう変化もつきものとばかりに、皆、さっそくお気に入りの場所に腰を落ち着ける。軽食を味わいに7階リドデッキを目指したり、すっかり顔見知りになった人同士で会話を楽しんだり。船が居心地の良いホームになっているこんな雰囲気も、にっぽん丸の旅の楽しさだとあらためて感じた。
シルバーウィーク 食の日本一周クルーズ
日程:2024年9月15日(日)~9月23日(月)
コース:横浜~函館~佐渡島(両津)~七尾~境港~釜山~横浜
クルーズ代金:501,000円(スタンダードステート)~2,042,000円(グランドスイート)
船名:にっぽん丸(商船三井クルーズ)
総トン数:2万2472トン
乗客定員:449人
乗組員数:約230人
取材協力:商船三井クルーズ