クルーズポートを歩く

北海道を代表するクルーズポート、小樽。札幌にも近く、北日本周遊クルーズの拠点だ。かつて「北のウォール街」として名をはせた金融都市は、いかにして「北のマイアミ」への変貌を目指したのか。それをさぐる旅へ、いざ。

文=カナマルトモヨシ
【クルーズポートを歩く】第5回 小樽港
イラスト=岩崎絵美

第5回 小樽港

「北のウォール街」は「北のマイアミ」を目指す

小樽市街を南北に貫くようにのびる、もう使われていないレール。小樽港の歴史散歩はここから始まる。

 

戊辰戦争(1868〜6 9年)で、箱館を拠点に最後まで明治新政府に抵抗した旧幕府軍の総大将・榎本武揚(1836〜1 9 0 8年)。戦後、その才を惜しんだ新政府は彼を北海道開発庁開拓使に任じた。1872年、小樽を訪れた榎本は確信した。天然の良港・小樽はこれから発展する、と。

 

当時、内陸の幌内炭田が産する石炭を本州へ運搬する方法が議論されていた。榎本は小樽港から運ぶルートを主張。こうして1 8 8 0年、小樽の手宮と札幌を結ぶ北海道初(全国で3番目)の鉄道路線が完成。国鉄手宮線である。

 

1985年まで使用され、いまは散策路となった手宮線の開通により、1877年には4000余りだった人口も、16年後には3万4000人にまで膨れ上がった。

榎本と同じ旧幕臣で、やはり小樽に熱い視線を注いだのが渋沢栄一(1840〜1931年)だ。1923年、小樽港の取扱荷量が多くなったため、水路が建設された。これが小樽運河だ。渋沢は小樽運河沿いに澁澤倉庫を建てる。

 

かつての「北のウォール街」を歩いてみる。ここに渋沢が創設した日本初の銀行「第一国立銀行」の前身となる旧第一銀行の小樽支店が開業したのは1924年。最盛期には25行もの金融機関が小樽に支店を出し、現在もその建造物が軒を並べる。戦前の小樽は北日本随一の金融都市だった。

 

しかし戦後、石油へのエネルギー転換で小樽港を支えてきた炭鉱が閉山。その他の要因も重なり、1970年代には「斜陽の街」と呼ばれるまでに衰退した。

 

小樽運河は斜陽の象徴だった。港にふ頭が整備されて使命を終えた運河にはヘドロが溜まり、悪臭を放っていた。運河埋め立て計画が浮上するが、市民からこれに反対する保存運動が起こる。

 

1986年、運河沿いの散策路が登場。小樽は黄金時代の遺産を活用する観光都市へと活路を見出した。2012年からは小樽運河クルーズも始まり、国内外から多くの観光客を呼び寄せる。

 

観光都市として再生した小樽は、同時に北海道随一のクルーズポートへと成長する。その契機となったのは「にっぽん丸」でスタートした「飛んでクルーズ北海道」だ。これは飛行機で来道し、小樽発着で利尻島・礼文島、知床半島さらにはサハリンなどを周遊とするフライ&クルーズ。『クルーズ・オブ・ザ・イヤー2008』のグランプリも受賞し、定番人気のクルーズとなっている。

 

外国客船の来航も急増した。その嚆矢が2013年開始の「サン・プリンセス」の小樽発着・北海道一周クルーズだ。外国船の特性を生かし、知床半島から北方四島をまわって北海道を一周する企画は人気を博した。

 

北のウォール街から北のマイアミへ。変貌を遂げつつある小樽港を見て、榎本や渋沢はどんな感想を漏らすのだろう。

【クルーズポートを歩く】第5回 小樽港
【アクセス】

小樽駅まで新千歳空港駅からJR快速エアポート直通・小樽行きで75分。
札幌駅からJR普通列車で45分。

 

【第3号ふ頭】小樽駅から徒歩15分。
【勝納(かつない)ふ頭】小樽駅からタクシーで7分。「ポートタワー前」から徒歩約5分

【クルーズポートを歩く】第5回 小樽港
幻想的な小樽の
ナイトクルーズ
小樽運河クルーズ

「屋根のない博物館」の異名を持ち、歴史的な建造物が建ち並ぶ小樽。小樽運河と小樽港を40分でめぐるクルーズでは、その魅力を船上から思う存分満喫できる。夜間に行われるナイトクルーズでは建物のライトアップや運河沿いのガス灯が水面に映り、幻想的な雰囲気を味わえる。

【クルーズポートを歩く】第5回 小樽港
小樽運河沿いに
西洋美術館誕生
小樽芸術村

ニトリグループが小樽の歴史的な建造物を活用して開設した美術館。似鳥美術館、ステンドグラス美術館では国内外の美術品・工芸品を展示する。銀行建築を見学できる旧三井銀行小樽支店は2022年2月に国の重要文化財になった。4月には運河沿いの旧浪華倉庫を改装し、西洋美術館がオープン。

【クルーズポートを歩く】第5回 小樽港
2年後の再開が
待ち遠しい建築
北運河とその界隈

小樽運河の最北端・北運河。古き良き面影がそのまま残る。旧澁澤倉庫など石造りの倉庫を改装したカフェや鱗友朝市など、穴場の観光スポットだ。保存修理工事中の旧日本郵船小樽支店は1906年に落成した近世ヨーロッパ復興様式の石造二階建築。2024年の再オープンが待ち遠しい。

カナマルトモヨシ
日本および世界各地の港町をクルーズ客船やフェリーで訪ね歩く航海作家。本誌では『世界の港町、歴史海道をゆく』を49回にわたり連載。臨時増刊『にっぽん&世界のクルーズポート・ガイド』の制作にも関わる。
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