飛鳥Ⅱの新たなクルーズで探る
瀬戸内の美しき景観と豊かな食

●広島の世界遺産をめぐる

 

翌日目覚めると広島県五日市港に着港していた。デッキに出ると、青々とした太平洋とは異なる、瀬戸内ならではの淡くかすむような空と海が迎えてくれる。遥か向こうに浮かんでいるのは、日本三景のひとつに数えられる宮島だ。子供の頃からいつも身近にあった宮島なのに、船上から眺めると見知らぬ神々しい島のように感じられるのが不思議である。早速ツアーで宮島に渡り、世界遺産の厳島神社を拝観した。朱塗りが鮮やかなこの建造物を何度も訪れたものだが、寝殿造りの様式を取り入れた建築美は今だからこそその価値が理解できるようになったと思う。愛らしいシカさんとも再会し、「きみの先祖に遠足弁当のおにぎり食べられたことあるよ」と告白できてすっきりした。

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檜皮葺の屋根で覆われる廻廊(国宝)は、蒸し暑い夏でも涼やかな空気を感じる
厳島神社はいつ訪れても趣深く、時刻、天気、潮の満ち引きによって変化する美しさを堪能できる
日本三舞台に数えられる高舞台(国宝)では、年中行事の一環として舞楽が催される
宮島名物の可愛らしいシカはSNS映えする被写体だ

その後、広島名物の路面電車で広島市内へ移動し、平和記念公園と世界遺産に登録される原爆ドームを訪れた。子供の頃と同じく、この場所は平日も休日も祈りを捧げる人が絶えない。特に県外の友人を案内するとき、この場所の来し方行く末を思い目頭が熱くなるのを抑えられないのだが、フォトグラファーと訪れた今回もその例に漏れなかった。

国際平和文化都市広島を象徴する原爆ドーム。2016年にオバマ大統領が訪れたことで、あらためて世界中から注目が集まった。被爆の惨禍を今に伝えるため、被爆した当時の姿のままで保存されている
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国際平和文化都市広島を象徴する原爆ドーム。2016年にオバマ大統領が訪れたことで、あらためて世界中から注目が集まった。被爆の惨禍を今に伝えるため、被爆した当時の姿のままで保存されている

 

明けて5日目、飛鳥Ⅱの新企画しまなみ探訪クルーズが始まった。瀬戸内海は本州、四国、九州に囲まれた日本最大の内海であり、無人島などの小さな島をすべて含めればなんと約 3000もの島々が存在するという。どの海域もそれぞれの魅力があるが、筆者はとりわけ、広島県尾道市と愛媛県今治市を結ぶ全長約60kmのしまなみ海道周辺、そして三原瀬戸と呼ばれる全長約43kmの水道を好んでいる。この円を描くようなルートを新しまなみ探訪クルーズで巡るというのだ。偶然とはいえ心が浮き立つ。大小の島々の間を縫うように一筆書きで周遊するこのルートなら、日本屈指の多島美をつぶさに眺められる最高のクルーズになること間違い無しである。飛鳥Ⅱのような大型船は、瀬戸内海を直線的に横断する一般的なルートでさえ航行できる日が限られている。だからこのルートを体験するのは非常に稀有なチャンスと言えよう。

 

 

しまなみ探訪クルーズでは眺めていると島が次々に現れ、どんどんと景色が変わっていく
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しまなみ探訪クルーズでは眺めていると島が次々に現れ、どんどんと景色が変わっていく

 

●船上から再発見する瀬戸内の美

 

港を離れた船は、左手に広島を、右手に愛媛を望みながら、ゆっくりと船長のおすすめポイントである来島海峡へと近づいていく。来島海峡は水路が狭く地形が複雑で潮流も強いとのこと。そう聞くと、来島海峡大橋の付近で響き渡る独特の轟音と風がドラマチックに感じられ、橋の下を通過する風景を動画に収めてしまった。海峡を離れると海はいつもの波穏やかな表情に戻っている。船が北東へと進むにつれ、大小の島々が後ろに過ぎ去っていく。大島、伯方島、因島、向島・・・・・・。マップに載る有名な島とともに小さな名も無き島も点在する風景が素晴らしい。飛鳥Ⅱをキャッチした島の子供が「お~い」と親しげに呼びかけてきた。これに応えて船上から「お~い」と返す様子が微笑ましい。

世界初の三連吊橋である来島海峡大橋そして日本3大潮流に数えられる来島海峡は、一度は訪れたい有名スポットである。
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世界初の三連吊橋である来島海峡大橋そして日本3大潮流に数えられる来島海峡は、一度は訪れたい有名スポットである。
どれほど大きく長い橋であっても、船上であればその全貌を目やファインダーで捉えることができる。それもクルーズの醍醐味といえよう
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どれほど大きく長い橋であっても、船上であればその全貌を目やファインダーで捉えることができる。それもクルーズの醍醐味といえよう

 

太陽が傾き始める頃、因島大橋を通過した。この橋を車で渡ったことはあるが、船上から見上げるのは初めての経験である。船と橋の距離はたったの5mとのこと、橋を行き交う車が目に飛び込んでくるようで迫力いっぱいだ。そこから船は徐々に南西へと方向を変え、三原瀬戸へ進み始めた。佐木島、高根島、生口島、大三島、大崎上島、大崎下島・・・・・・。

 

こうした島々の合間をうめるのは海と空だ。瀬戸の海と空は真っ青ではない。海は翡翠に、空は薄浅葱に近いなめらかな色を呈している。空、海、島が混然一体となり、時刻や天候などによって様々に姿や印象を変えていく様子が日本屈指の多島美と評判を呼ぶ所以なのだろう。くもり気味のこの日は、白や灰色が織り成す水墨画のような美しさが目の前に広がっていた。そんな風景の中を、赤や黄など色鮮やかな小型タンカー船が時折のんびりと通過する。無彩色と有彩色からなるこのコントラストの美しさは、子供の頃からいつ見てもまったく変わることがない。また、飛鳥Ⅱという大型船からパノラマで眺めたことにより、こうした瀬戸内の美しさと価値をあらためて認識できたと思う。

 

時間ごとに変化する海の光景。そのうち、どこか日本画を思わせる景観が広がった
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時間ごとに変化する海の光景。そのうち、どこか日本画を思わせる景観が広がった
鏡面のような穏やかな海。その上を小型タンカー船がすべるように横切っていく
緑で覆われた斜面の合間に建つ家々を通して、自然と共存する島の人々の和やかな暮らしが伺える
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