飛鳥Ⅲへの道【シリーズ第2弾】Report
本格的な建造の第一歩、キール・レイイング セレモニー
■広大な造船所に続々と集う人、華やぎに満ちていく
午前11時、キール・レイイング セレモニーの会場に、続々と人が集まってきた。飛鳥Ⅱに続き、飛鳥Ⅲの就航を目指す郵船クルーズ関係者は濃紺のハッピを身にまとい、そして造船を担当するマイヤー ベルフト造船所の面々はオレンジと紺色のジャケットに身を包んでいる。その色のバランスもとてもよく、前日まではただ広大だった空間に、華やぎが少しずつ満ちていく。
会場は体育館を複数個集めたほど広々としており、周囲を取り囲むように通路や階段が設置されている。視線を感じてふと振り返ると、造船所の青い作業服の人々が、会場を取り囲むように上から目線を送っていた。セレモニー後「あんなに多くの人が見守ってくれるんだと思い、ちょっとウルっときましたね」と語ったのは、現地サイトオフィスの責任者である丸元夫技師長だ。
キール・レイイング セレモニーとは、船舶で最も重要な部分であるキールといわれる船底の基礎構造物を敷設することを祝う式典だ。そもそも「キール」とは日本語で「竜骨」の意味で、船の骨格となるパーツを指す。人体で例えるなら「背骨」のようなイメージだろうか。その竜骨を横たわらせる作業は、船の建造が本格的に始まる第一歩であり、古くから伝統的に祝われてきた。ただし現代のクルーズ船は巨大で、もはやキールは存在しない。多くのクルーズ船はブロックを組み立てて基礎構造を造っており、近年のキール・レイイング セレモニーでは、そのブロックを組み立てる儀式が行われる。
■巨大なブロックが組み合わさってできる飛鳥Ⅲ
式典の前日、造船所内を案内してもらうと、飛鳥Ⅲの骨格となる巨大なブロックがいくつも置かれていた。ブロックひとつひとつには「4A」「4B」など名前が付けられている。見上げるほど巨大な鉄の塊で、それだけで圧倒されるが、飛鳥Ⅲはそれが52個も組み合わさってできていくという。
キール・レイイング セレモニーでは、会場に置かれている「3B」のブロックの隣に、「3A」のブロックが設置される工程が行われる。この3Aと3Bというブロックは機関部の一部を構成する船底部分のもので、高さ7.4メートル、幅 29.8メートル、長さ24.7メートル、重さは736トンにもなる。これらの巨大なブロックはポーランドで造られ、船底が平らな貨物運搬船「バージ船」でこのマイヤー ベルフト造船所まではるばる運ばれてきたという。
■飛鳥クルーズとマイヤー ベルフト造船所、国を超えた協働
3A、3Bというふたつの巨大なブロックを前に始まった式典ではまず、マイヤー ベルフト造船所のマネージング・ディレクターであるヤン・マイヤー氏がスピーチ。「日本籍のクルーズ客船を日本以外の国で造ることは珍しく、正直に言うと最初は心配もあった。けれども一丸となってチームで働くなか、いまはこの船の成功を確信している。2025年、飛鳥Ⅲは日本のクルーズ市場に新たな一石を投じることになる」と力強く述べた。
続いて郵船クルーズの遠藤弘之代表取締役社長がそれに応えるようにマイクに立つ。「マイヤー ベルフト造船所と語らうときは毎回、この船がいかに我々にとって特別な船かということをしっかり述べている。造船所にとっても日本籍船を造るというのはチャレンジングだろう。そんな中、今日にいたるまで幾多もの議論を重ねて、その協力的な姿勢を非常にうれしく思っている。今から2025年の引き渡しが非常に楽しみだ」と謝辞を述べた。
ちなみにセレモニーの司会を務めた飛鳥Ⅲプロジェクトの責任者であるアルツ・コルペラ氏は遠藤社長を「Endoさん」と「さん」付けで呼んでいた。小さなことだが、こんなところからも郵船クルーズとマイヤー ベルフト造船所がすでにお互いの文化を共有しあっていることが感じられた。
さらに今回の式典には在ハンブルク日本国総領事館の戸田真介総領事も駆け付けた。戸田総領事は集った数多くの人を見渡しながら、「このマイヤー ベルフト造船所に初めて訪れ、その大きさに圧倒されるとともに、多くの日本人の方々がこのプロジェクトのためにドイツを訪れていてうれしく思う。飛鳥Ⅲの母港である横浜港とドイツのハンブルク港は1992年より姉妹港となっている。飛鳥Ⅲがドイツと日本をつなぐシンボルになることを期待している」と祝辞を送った。
■日本の伝統への敬意が光ったコイン・セレモニー
3者のスピーチの後は、今後の安全を祈ってコインを置く伝統的な「コイン・セレモニー」が行われた。「ASUKAⅢ」と刻印された鉄のボックスから、コインが丁寧に取り出される。ボックスの装飾には栃木の伝統工芸として知られる烏山和紙の装飾がなされていた。コインのひとつには造船所の船舶番号「S.721」の刻印と飛鳥クルーズのシンボルマーク・アルバトロス、もうひとつには船名と郵船クルーズの社旗がデザインされている。これらコインは日本の植木鋼材が制作したものを、日本からはるばる持ってきているという。飛鳥Ⅲの船内には数々の日本の美術品が置かれることが決まっているが、このセレモニー用のコインひとつとっても、「日本の伝統を受け継ぐ」という飛鳥クルーズの決意が表れている。
日本郵船の樋口久也常務執行役員と郵船クルーズの堤義晴取締役専務執行役員が笑顔でコインを手にとり、船底ブロックの下に置く。両氏はともに、安全運航に関わる業務を長らく担当してきた。「建造過程だけでなく、飛鳥Ⅲの退役するその日まで、ずっと安全運航を続けてほしいという強い願いを込めてコインを置きました」と堤取締役はのちにセレモニー中の心境を語った。
両氏によってコインが置かれたのち、700トンを超える巨大なブロックがゆっくりと下に下りてくる。ここに集った人々、そして飛鳥クルーズを愛する多くの人々の祈りを受けながら。そしてコインが設置された面とブロックが合体した瞬間、青い華やかな紙吹雪が宙を舞い、周囲は祝賀モードに包まれた。
■環境に配慮したクルーズ船が、世界をつなぐ
ここから先、2025年の就航を目指し、飛鳥Ⅲの建造は着々と進められていく。「最初のスチール・カッティングのときは『ようやくここまできたか』という思いでした。それが今日のキール・レイイングを迎え『いよいよここまで来てしまったか』という思いを語るのは、先の所長の丸氏。在ハンブルク日本国総領事館より戸田真介総領事も「飛鳥Ⅲは日本のおもてなしが生きるクルーズ船であり、さらに環境にも配慮したLNG燃料船となると聞いている。ドイツは環境意識の高い国であり、その点でも共通項がある。さらには飛鳥Ⅲが日本とドイツの懸け橋となるだけでなく、世界を繋いでいくクルーズ船になれば」と期待を寄せた。
マイヤー ベルフト造船所の広報担当者のフローリアン・フェイマン氏によると、「このマイヤー ベルフト造船所でのキール・レイイング セレモニーはこれまで何度も行っていますが、あそこまで多くの人に見守られた式典は初めてでした」とのこと。造船所にとっても初めての日本籍船の建造ということもあり、多くの人が期待しているのだろう。
式典が終わったあと、置かれたブロックを改めて眺めてみると、今日が建造の第一歩だというのに、とてつもなく大きく感じた。そして赤く染められたブロックには「日本のクルーズ文化を拓く」――そんな決意が潜んでいるように思える。このブロックがさらに大きくなり、飛鳥Ⅲとして海に浮かび、そして日本の洋上に姿を現す日が楽しみでならない。
取材協力:郵船クルーズ
■飛鳥Ⅲへの道【シリーズ第1弾】Report
スチール・カッティング