空と海の間に

クルーズ・ジャーナリスト藤原暢子氏による新連載。
これまで数多くのクルーズに参加したジャーナリストがつづる、
時に泣けて時に笑えて存分に役に立つ、クルーズ・エッセイ。
【空と海の間に】第2回テーマ  人が客船に乗るそれぞれの理由
イラスト=小田切ヒサヒト

第2回テーマ
人が客船に乗るそれぞれの理由

船や海が与えてくれる力

「このクルーズに乗船した理由は?」。少しでも親しくなった乗客には、ついこの質問をしてしまう。

 

日本の現役世代の方々は、ゴールデンウィークや夏休みなど長めの休みが取れる時に船旅を選ぶことが多いかもしれない。日程以外だと、一番多いのは記念日だろうか。「〇年目の結婚記念日で……」という理由はよく聞く。クルーズ自体がプレゼントになるし、船上ならケーキや花、シャンパン、音楽演奏などで祝ってもらえるので、あれこれ準備する必要がないのがいい。ハネムーンも同じだが、陸の旅と違って街歩きで疲れた後に適当な食事場所が見つからず、険悪なムードが漂うこともない。むしろ船のダイニングでなじみのウエイターが毎夜「おかえりなさい」と迎えてくれる。

 

「金婚式(※50周年)のお祝いなの」などと言われると、そのご夫婦が乗り越えてきたいろいろな人生を思わず聞きたくなる。そもそも金婚式を迎えるまで、仲良く健康でクルーズできること自体がうらやましい。

 

また親の80歳などの誕生日を機に、子供夫婦など親族10〜12人を集めて、お祝いがてらクルーズをしているグループも海外では時々目にする。離れ離れに住む家族が同じ船で集合すれば、誰かの家に集まるより負担も少ないし、一家で、そして夫婦で旅ができるのは、一石二鳥だと思う。

 

贈り物としてのクルーズでは、「シングルマザーで私を育ててくれた母をクルーズに連れていくのが夢だったの」という女性が、中学生になった息子と3人で乗船していたのも印象的だった(お母さまの笑顔も)。

 

クルーズに参加する理由は休暇やお祝いだけではない。国内外、老若男女から、想像もしなかった答えが返ってくることがある。

 

「交通事故にあって、その心の傷を癒やしたくて乗っているの」と教えてくれたのは40代のスイス人の夫婦。英国に向かう客船で会った日本人女性は、「夫が少し前に亡くなって。船で少し時間をかけて気持ちの整理をしながら、昔、英国駐在中に2人が好きだったローストビーフを食べに行くつもり……」と教えてくれた。
ある高級客船にほぼ住んでいるようなご婦人の乗船理由も驚いた。

 

「船はクルーの方も家族のようだし、いろいろな方にも会えるでしょう。夫が病に伏した時に『僕が逝ったら船で暮らしなさい。夜はきれいなドレスを着て、ダンスをして、ほほ笑んで過ごすんだよ』と言い残したの」。

 

客船や海は、人の心を癒やしたり、笑顔を取り戻す力を持っているのだとしみじみと思う。

 

大西洋横断クルーズだと、自分たちの祖先が欧州から夢を持って米国に移住した足取りを追体験するために乗船する人もいる。

 

世界一周のような長めの航海になると、「ガールフレンドと出会うために乗っているんだよ」という陽気なヨーロッパ出身の男性がいたり、「元船乗りだったから、海の上が一番落ち着くからね。寄港地は下りなくてもいいんだ」など、質問し続けても飽きない答えが返ってくる。

 

【空と海の間に】第2回テーマ  人が客船に乗るそれぞれの理由
船長の元、2人だけで結婚式をしようと乗船した大人カップル。小型船なら乗客全員が顔見知りになって祝うことも
夫婦の溝を埋める船旅

結婚記念日や誕生日祝いで乗る人も多いと書いたが、記念日でも何でもなく、たまたま熟年夫婦が初めて客船に乗って、関係がガラリと変わった様子を間近に見たことがある。

 

私と夫がプライベートで行く地中海クルーズに、夫が先輩とその奥さまを誘った時だ。仕事で多忙を極めた生活で、なかなか家や妻を気遣えずにいた世代の旦那さま。奥さまも諦め気味で、乗船直後は私たち夫婦のところに来て、今まで誰にも言えなかった夫の愚痴をこぼしていた。寄港地も4人一緒に出かけることが多かったが、夕食後は夫婦2人で向き合う時間も増えるのがクルーズ。少しずつご夫妻の溝が埋まっていったのか、寄港地でもふたりで出かけるようになっていった。何十年も黙々と食事を作り、夫が脱いだ服を拾ってまわっていた生活が、船上ではすべてクルーがやってくれる。

 

1週間のクルーズが終わる前に、「私、またクルーズ船に乗りたい」という奥さまの様子を見て、旦那さまも今までの生活を反省したようだった。最終日の美しい夕日を背景に新婚のような記念写真をクルーに撮ってもらっていた。次のクルーズで乗船の理由を聞いたら、「夫婦の絆を深めるため」と答えるだろうか。

 

そんな私が客船に乗る理由は、こうしていろいろな方の人生を知り幸せの瞬間に立ち会いたいからなのだ。

【空と海の間に】第2回テーマ  人が客船に乗るそれぞれの理由
記念日ならディナーの時などに華やかに祝ってもらうもよし、クルーのアイデアを借りてサプライズをしてもいい

藤原暢子〈ふじわら・のぶこ〉
クルーズ・ジャーナリスト。これまで国内外120隻以上の客船・フェリーで約100カ国をめぐる。長崎市生まれ。4人姉妹の4女ながら、五島列島にある先祖のお墓参り担当。

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