空と海の間に

クルーズ・ジャーナリスト藤原暢子氏による連載。
これまで数多くのクルーズに参加したジャーナリストがつづる、
時に泣けて時に笑えて存分に役に立つ、クルーズ・エッセイ。
【空と海の間に】一人クルーズが癖になる、不思議な“つながり”<第6回>
イラスト=小田切ヒサヒト

【空と海の間に】第6回テーマ:一人クルーズが癖になる 不思議な“つながり”

クルーズの約8割は一人で乗船する。ゴールデンウィークや夏休みなどはプライベートでクルーズに参加するので、残り2割は夫と2人のことが多い。休暇のクルーズなら、船や行き先も基本的には私が選べるし、船内での過ごし方も四半世紀一緒に乗っているので同伴者としては一番楽だ。

 

クルーズ取材の時は、ほとんどの場合がカメラを背負って一人乗船になる(私の場合、海外や外国船が多い)。いろいろな客船や寄港地を体験できるので、ありがたい仕事だといつも感謝しながら張り切って出発するのだが、乗ってしばらくは、“ある緊張”が続く。

 

ほほえみ合うカップルやうれしそうな家族連れを目の前に、孤独を感じてしまうのだ。これは長年クルーズ取材をやっていてもなかなか払拭できない。思わず柱の陰などに身を寄せて気持ちを整える。基本的には楽しそうな乗客の方を見ていると幸せな気持ちになるので、少し時間が経つと慣れてくる。

 

以前、初日のディナーがメイン・ダイニングの丸テーブルに“一人ぼっち”席という事態が起こった(日本でも気弱なのでカフェ以外は一人で入れない)。船側としては「このアジア人の乗客は、何語のテーブルに案内すればいいのか」がわからなかったのだろう。

 

2年前もある船の特別なレストランに行ったら「今日はあなたの貸し切りです!」と言われ、10人ほどのウエイターやソムリエのいる空間で一人、ミシュラン・シェフ監修のディナーをいただいたことがあった。脈拍は120を超えていたと思う。

一人クルーズのコツ!?

大きい客船のあちこちを取材して、「歩き疲れたから、次のイベントが始まるまで30分程、客室で仮眠しよう」とか、「今回は取材しながら、写真や原稿も編集部に送っていかないと間に合わないから、取材の合間は客室に資料を広げて集中したい」という時は一人で客室を使えると本当に助かる。

と言いつつ、船上での食事や寄港地ツアーが一人ぼっちだと寂しいし、乗客の方々がそのクルーズについてどういう感想を持っているか質問するきっかけもできずに、慌てるはめになる。

 

一人で乗船取材を続けるうちに、船上で知り合いを作るコツがなんとなく分かってくる。船旅に慣れた雰囲気の熟年のご夫婦とさりげなく会話して、しずしずと割り込んでいくのだ。ちょうど夫婦の会話も途切れがちだから、第三者の私をなんとなく受け入れてくれる。もしくは、広い船上で何度も顔を合せるなど行動パターンが似ていたり、同じものに興味を示す人となるべく話をする。すると、「まあ、一人で乗船しているの? じゃあ、一緒に食事しましょうよ」ということになる。

【空と海の間に】一人クルーズが癖になる、不思議な“つながり”<第6回>
いろいろな船会社が一人用客室を増やしている(室数は少ないので早めの予約を)
旅が終わっても続く関係

乗船してすぐの緊張はこの年齢になっても消えないが、不思議なことに「知り合いができないまま船を下りた」ということはない。それどころか船で知り合って20年以上やり取りが続いたり、「今度あの船に乗るけど、一緒に行かない?」と誘われることもあり、実際に米国人のご夫妻とは数回クルーズをご一緒させてもらったり、自宅を訪ねたこともある。

飛行機や陸の旅と違って、この不思議な“つながり”ができていくのがクルーズなのだと思う。ゆったりとした時間や空間が皆の気持ちを柔らかくしてくれるのかもしれない。

 

一方で夫など誰かと同行した時は、下船しても関係が続く知り合いができる割合は意外と少ない。

 

最近はシングル客室やシングル乗船料金の設定がある客船も増えてきたので、「一緒に行く人がなかなかいない」「日程が合わない」という方は勇気を出して、ぜひ一人乗船を試してみてほしい。

 

前述した「初日の一人テーブル」に座った時は結局、隣のテーブルのフランス人ご夫妻がワインをおすそ分けに来てくれたし、「貸し切り」で食事をしていた時は私が食べ終わる頃に入ってきた2組の友人夫婦がいたようで、数日後「あのレストランで一人食事していたでしょう。今日は一緒に食べませんか?」と別のレストランで同じ席に誘ってくれた。不思議なつながりと縁……。だから最初は緊張しても、私はまた一人乗船の取材につい出てしまう。

【空と海の間に】一人クルーズが癖になる、不思議な“つながり”<第6回>
リクエストすれば一人でも大テーブルで他の乗客と食事しながら仲良くなれる
プロフィール

藤原暢子〈ふじわら・のぶこ〉
クルーズ・ジャーナリスト。これまで国内外120隻以上の客船・フェリーで約100カ国をめぐる。長崎市生まれ。4人姉妹の4女ながら、五島列島にある先祖のお墓参り担当。

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