空と海の間に
これまで数多くのクルーズに参加したジャーナリストがつづる、
時に泣けて時に笑えて存分に役に立つ、クルーズ・エッセイ。
第3回テーマ
学校だけでは学べなかった、船旅での“学び”や“発見”
学校ではちゃんと勉強をしなかった。先生の好き嫌いで授業への興味もムラがあったし、大学も東京の大学に行けるなら何学部でもよかったので、どうにか推薦枠で行けるところを選び、その大学もちゃんと通った覚えがない(それが許される最後の時代だったのかもしれない)。
仕事は、お給料をいただくのでそれなりに働いた。雑誌の取材や原稿書きだが、週刊誌や月刊誌なので、取材のテーマは毎回違う。飽きっぽい自分が仕事を続けられたのは、毎回仕事の内容が違う職業に就いたおかげだろう。
客船の取材を始めて20年以上経つが、これも毎回違う客船、エリア、違うテーマだから続いているのだと思う。と、いうより毎回学ぶことが多岐にわたっていて、追いついていないのが現状だ。
例えば、海外クルーズなら1回で数カ国に寄港する。地理や歴史、文化、言語……、予習していけばいいのに、相変わらず行ってから慌てて調べることになる。もし学生時代に自分がこんな仕事をすると分かっていたら、もう少し真面目に授業も受けたかもしれないが、後の祭りだ。
ただ実際に行って自分が歩いた場所は興味がわく。海賊から守るために迷路のように造られた町を歩きながら、その土地がどのような時代を経てきたか、結果どのような文化が形成されたかなどを、肌で感じることができる。地元に生きる人々の生活を垣間見ると、産業や食文化、社会問題などを学ぶ機会にもなる。教科書や先生の話だけでは知りえなかったことも多く、ありがたい限りだ。
一晩で船が次の寄港地に着くと、また違う文化圏が待っていたりして、地図や地球儀だけでは知りえない“地球の大きさ感”も体感できる。
真面目に学校で勉強をして、クルーズ前も下調べをした方でも、寄港地では机上では知りえないことを学ぶ機会は多いと思う。
もちろん、「海を見ながらよい景色を眺めて、何も考えずにのんびりしたい」という方もいるだろう。それもクルーズ楽しみ方のひとつだ。
ただ例えば、料理好きな方が、毎日違う寄港地の市場で売っている珍しい野菜を見たり、その地ならではの料理を食べたりすると新たな発見があるだろう。個人の趣味や興味に合わせて、新しい刺激は無限にあるのではないだろうか。
私の場合は、観光よりも見知らぬ国に暮らす人々の生活を見るのが好きだ。干された洗濯物や地元の食料品店をのぞいて、「どんな生活をしているのだろう」と想像する。
犬が好きなので犬連れの人がいると、身振り手振りで「あなたの犬の写真を撮らせてほしい」と頼む。相手も愛犬に興味を持たれると嫌な気はしないのか快諾してくれ、よく映るようにあれこれ手伝ってくれる。
それがきっかけで「何歳なんですか」「私も日本で犬を飼ってるんですよ」と話が弾むことが多い。勢いでコーヒーをごちそうになりながら世間話に発展することもある。
寄港地から船に戻っても学びは続く。その船を手がけた建築家や、飾ってあるアートの作品、見知らぬ料理やワイン……。知らないことが多すぎる私は船上も“学びの場”だ。
比較的若い時から客船取材を始めたので、私の場合はマナーや社交の仕方も船上で教わった。
たまたまある客船で日本人のご夫妻と一緒になった。奥様が「船に乗ると、夫は最初、エレベーターも自分が先に乗り込むのだけれど、数日したらちゃんと女性を先に乗せるようになるんですよね」と笑うのを聞いて深く頷いた。外国人男性の場合は、レディーファーストはもちろん、エレベーターで同乗する時の軽い冗談やユーモアが抜群にうまい。
色々な国、世代もさまざまな乗客とコミュニケーションを取るには、教養の引き出しも多くを求められる。その国の現状、最低限の言語、音楽、美術、スポーツ……挙げ始めるとキリがない。船を下りるたびに宿題も増えるが、教養の引き出しを増やせば増やすほど、船旅は豊かになる。
船を下りた後もお会いした方の国で災害や事故があると心配になり、ニュースや地図を確かめる。さらに海という自然の中を旅させてもらっている私たちは海や環境のことも学び、長く船旅ができるような努力が必要なことも実感してゆく。終わったあとにも「学びたい」という思いがさらに高まるのが船旅だ。
藤原暢子〈ふじわら・のぶこ〉
クルーズ・ジャーナリスト。これまで国内外120隻以上の客船・フェリーで約100カ国をめぐる。長崎市生まれ。4人姉妹の4女ながら、五島列島にある先祖のお墓参り担当。