美食のフランス船社ポナンで探検する
日本の深部、知られざる瀬戸内へ
その翌日に寄港した御手洗の街並みも、同じく江戸時代にタイムスリップしたようだった。その趣ある街並みは、重要伝統的建造物保存地区に指定されている。
寄港したのは午前8時、普段なら静かな時間かもしれないが、港には人があふれ、満面の笑みで出迎えてくれた。ポナンの船が寄港するのは、ほとんどが小さい港町だ。だからこそ皆心から歓迎をしてれる。港に着くなり大勢の人に出迎えられて、「まるでスターになった気分だ」と乗客の一人が笑う。街では日本舞踊など伝統文化が披露され、点在するカフェでフリードリンクもふるまわれた。
こうした乗客向けのイベントのひとつに雅楽があった。御手洗には江戸時代から続く雅楽の文化が今も残っている。美しい街並みを歩きしながら雅楽が披露される神社を目指すと、遠くからたおやかな音色が響いてきた。それはどこか浮世離れした音と風景で、中に入って息をのんだ。
装束に身を包んだ奏者たちが、海をバックに雅楽を披露しているのだ。なんとロマンチックな光景なんだろう。そして日本の伝統文化はなんて美しいのだろう。
演奏が終わると、客席に居合わせたアレックス・カー氏が、アドリブで雅楽の解説をしてくれる。これも実にぜいたくなことだ。「海をバックに雅楽を聞ける経験はとても特別なことです」との説明に、深くうなずく。ポナンのクルーズでは、日本人の私にとっても特別な瞬間が次々とやってくる。
■船だからこその景観
前半は「文化探検」の要素が強かったが、ポナンが得意とする「自然探訪」の気配が強くなったのが対馬だ。入港の朝は快晴で、澄み渡った空の下、ル ソレアルはリアス式海岸の浅茅湾の深部へと航路を進めた。船首のデッキから見ていると、もう少しで陸にぶつかるのではというところを、船は静かに静かに進む。新緑に包まれた陸地は優雅な曲線を描き、人工物は見当たらない。この景観は小型船でしか見られないだろう。
対馬ではカヤックのツアーに参加した。ポナンは寄港地ツアーがすべてクルーズ代金に含まれていて、寄港地によってはアクティブな体験も可能だ。ちなみに荷造りの時に悩んだマリンシューズはここで無事に足を通すことになった。
カヤックは二人艇で、私はカヤック経験豊富な日本人ジャーナリストと同乗した。参加者には年配の乗客も多く、のんびりしたツアーになりそうだと海に漕ぎ出した。
ところが、必死に漕いでいるのになかなか先発隊に追いつかない。それどころか年配のご夫婦が、後からスイスイと抜かしていくのだ。
「われわれは完敗でした……」。
ディナー時、そんなエピソードを披露すると、テーブルメイトに大笑いされた。ポナンの乗客は知的好奇心が高いだけでなく、身体能力も高かったのだ……!
こうした知的かつアクティブなクルーズを支えているのが、伊知地亮氏をリーダーとしたポナンのエクスペディション・チームだ。ナチュラリストと呼ばれる彼らはいわば、「探検の指南役」。フランス語、そして英語を瞬時に切り替えてレクチャーしたかと思えば、ゾディアックの運転もこなす。しかもそれぞれ鳥に詳しかったり、極地でのスキューバダイビングに通じていたりと、専門分野がある。そもそもリーダーの伊知地亮氏は日本・韓国支社長も兼ねていて、陸に上がればスーツ姿で巧みにプレゼンテーションを行うビジネスマンでもある。クルーズ中は希望すれば彼らナチュラリストとのディナーも可能だ。
実際、エクスペディション・チームの優秀さには、クルーズ中何度も驚かされた。例えば移動中に乗客の一人が「江戸時代ってどんな時代なの?」と問うと、ゾディアックを運転しながら「江戸時代は1603年~1868年まで、徳川幕府が統治していて、日本が最も安定していた時期と言われ……」とスルスルと解説が出てきたのだ。「日本人の私より詳しい!」と伝えると、「それが仕事だから」と笑った姿は、実にかっこよかった。
同乗した中国人のジャーナリストは「彼らの仕事は世界で最もクールな仕事のひとつだと思う」と語っていたが、私はもちろん、多くの乗客が賛同するだろう。
このクルーズにはそんなエクスペディション・チームの一人として、「ぱしふぃっく びいなす」元船長の松井克哉氏も同乗していた。同氏は2023年3月より、ポナンの相談役に就任している。実際にこうしてクルーズにも参加し、複雑な地形の日本に通じたシーマンとして、ブリッジで航海のアドバイスをするシーンも多かったようだ。「浅茅湾は以前も周遊はしたことがあったけど、停泊するのは初めてで……!」と話す姿は、船長服を着ていた頃とはまた違った、少年のような笑顔だった。