この船は、人の想いでできている――飛鳥Ⅲを担う四人の言葉
2025年7月、日本のクルーズ史に新たな1ページが刻まれた。新造客船「飛鳥Ⅲ」の就航だ。最新鋭の技術と、日本客船ならではの細やかな感性を併せ持つこの船は、新しくも美しい内装や、上質な体験を提供する施設だけではない。その一航海一航海を支えているのは、船に命を吹き込む「人」の力だ。
飛鳥Ⅲは、建造段階から就航、そして運航開始後の現在に至るまで、多くのプロフェッショナルの手によって支えられている。船全体を統べる船長をはじめ、機関長、ホテルマネージャー、総料理長。それぞれの立場から語られる言葉には、新造客船ならではの苦労と、乗客の笑顔に支えられる喜びが詰まっている。飛鳥Ⅲという一隻の船を通して浮かび上がるのは、「人がつくり、人が動かす」日本の客船の現在地だ。




●飛鳥Ⅲ船長が語る、新造客船とともに歩む日々
飛鳥Ⅲのブリッジに立つ神谷船長は、就航からの日々について「もうすっかり慣れました」と穏やかに語る。しかし、その言葉の奥には、新造客船ならではの緊張感と、長い航海人生を重ねてきた者ならではの実感が込められている。
「飛鳥Ⅲは最新鋭の船です。全く新しいエンジンを使っていますし、操船の感覚もこれまでとは違う。ワクワクしますね」。ポッド推進という新しい技術を採用した新造客船であり、「誰も使ったことのない船ですから、最後は自分で判断する必要がある。その緊張感も、操船の醍醐味のひとつだと思っています」。

神谷船長にとって幼い頃から船は身近な存在だった。特に客船は祖父が戦前に乗っていたこともあり、「自然と客船の世界に惹かれていました」。1999年に入社し、航海士としてキャリアを重ねた後、危機管理や安全統括など陸上勤務も経験してきた。「東日本大震災やコロナ、国際情勢の緊張など、陸にいても船を支える仕事は多かった。その経験は、いま船長として全体を見る立場に生きています」。
飛鳥Ⅲには建造の最終段階から関わった。限られた時間の中で習熟訓練を進め、「全員が手探りで、最大限の力を出してきました」。就航を迎えたときの心境は、「やっとここまで来た、という安堵と達成感」だったという。


船長として大切にしていることのひとつに、人とのつながりがある。「船には大きく分けて航海、機関、ホテルの3部門があります。船長はその全体を見る存在。安全運航はもちろんのこと、乗組員全員がモチベーションを持って働ける雰囲気をつくることも重要です」。そのために心がけているのが、対話。「できるだけ名前を覚えて、話しかけやすい空気をつくる。不満や提案を言いやすい存在でありたいと思っています」。
船長という立場は、乗客との距離も近い。就航後はスピーチやアナウンスの機会が増え、「最初は何を話せばいいか悩みました」と笑う。それも回数を重ねる上でコツをつかみ、さらに現在は日本語と英語でのアナウンスも行っている。「航行中の見どころは、アナウンスがあった方がいいという声をいただき、改善しました」。
飛鳥Ⅲの楽しみ方を尋ねると、船長はそのひとつに客室のバルコニーを挙げた。「部屋から海を眺めていると、イルカやクジラに出会うこともあります」。6つの個性豊かなレストランや、どこでもオンラインになれるWi-Fi環境も新造客船の魅力だ。
「お客様にとって、この船で過ごす一瞬一瞬はとても貴重な時間。その時間が幸せなものになるよう、関わる全員が少しずつ幸せでいられる船にしたい」。飛鳥Ⅲは、そんな船長の思いとともに、いま航海を重ねている。


●見えない場所で船を支える、機関長の矜持
飛鳥Ⅲの船内は、いつも穏やかな空気に包まれている。その快適さの裏側で、船の心臓部を預かっているのが竹下機関長だ。船の心臓部ともいえるエンジンルームで、日々船の状態と向き合い続けている。

竹下機関長が飛鳥Ⅲの建造に関わり始めたのは、引き渡しのおよそ5か月前、ドイツの造船所からだった。「設計や図面はすでに固まっていて、最終的に手直ししていく作業が中心でした。検査への立ち会いや、引き渡し後を見据えたオペレーション確認なども行いました」。
造船所で船が進水した日のことは、今も強く印象に残っているという。「周りはみんな浮いたと喜んでいましたけど、私はずっとエンジンルームにいました。万が一、どこかから油が漏れたら引き渡しが遅れてしまう。とにかく冷や冷やしていました」。やがてエンジンが動き出し、船が自力で進んだ瞬間、「正直、ほっとしましたね」。
飛鳥Ⅲの大きな特徴のひとつが、静かさだ。「客室エリアだけでなく、働く側の空間も徹底的に防音されています」。音が出やすい箇所には重厚なカバーが施されている。そのぶん整備の手間は増えるが、「それでも、この静かさは本当にすごいと思います」。


環境性能も、竹下機関長が誇りに思う点だ。LNG(液化天然ガス)を使用できるエンジンは、「煙が少なく機器も汚れにくい」。燃費効率も高く、「同じ距離を走るなら、従来船より燃料はかなり少なくて済みます」と話す。脱炭素への取り組みが、エンジンルームでも確かな手応えとして感じられている。
縁の下の力持ちであり、考えているのは常に乗客のこと。「お客様には、とにかく快適に楽しんでいただければと思っています。それが一番です」。


●居心地を設計する、ホテルマネージャーの視点
飛鳥Ⅲ船内には、ふと腰かけられるソファも多く、リラックスして過ごせる居心地のよさを感じる。その空気をつくり出している中心人物が、水村ホテルマネージャーだ。飛鳥Ⅲの建造の初期段階からプロジェクトに関わり、サービスや動線、空間づくりを見つめ続けてきた。








