空と海の間に
これまで数多くのクルーズに参加したジャーナリストがつづる、
時に泣けて時に笑えて存分に役に立つ、クルーズ・エッセイ。

〈第13回〉
心身や人生の質を高める、最高の処方箋
私はよく体調を崩す。頭痛や胃痛は日常茶飯事。運動習慣もなく、偏食もある。原稿の締め切り中はだらだらと夜中までパソコンに向かいがちで、悪い癖だとわかっているが直せない。
それでもなぜか、前後泊を含めてクルーズ中は基本的に具合が悪くなることはほとんどない。
ただ、クルーズ前にひいた風邪が長引いてしまったことはある。昨年、米国の友人たちとカリブ海クルーズに行った。出発前に夜中までホテルなどを調べていたら、体を冷やした。案の定、米国までの機内で高熱を出し、ぐったり眠り続けた。前泊の2日でなんとか落ち着いたが、クルーズが始まっても微熱と咳とだるさが続き、寄港地もほぼ下船せずに、船内のスパの温浴チェアに張り付いていた。
食事がしっかり取れたのは救いだったが、体調が万全でないとクルーズの楽しさが半減することを改めて痛感した。
最近“ウェルネス”を売りにしているクルーズや船社が増えた。
調べてみると、具体的には、船上での朝のヨガや瞑想プログラム、ヘルシーな食事の提供、スパでのフィットネスやサウナ、マッサージ。客室では快適な寝具や照明で快眠を。寄港地でも自然体験をとり入れたり、あるクルーズの一部では「デジタルデトックス」としてWi-Fiを切って過ごすクルーズまである。
ウェルネスの試みをうたっているのは、プレミアム以上の船が多く、「癒やし」や「健康投資」、「自己回復」への関心が高い層を狙っているようだ。
ちなみにウェルネスは、「健康的な行動や生活習慣」に焦点を当てるのに対し、最近では「心身ともに満たされた状態」や「人生の質そのもの」を指す “ウェルビーイング”という言葉も使われるようになってきた。クルーズの空間や体験には、その両方の要素が自然と組み込まれているらしい。
大型客船はやはりユニークで大がかりな施設や多彩なレストランなどをメインに紹介するが、実際には静かなエリアや充実したスパやジムがあり、ヨガ教室などのアクティビティーも多いので、意識すれば上記のようなウェルネス体験も叶いそうだ。
こんな御託を並べたのは、さすがに日々の健康に無頓着すぎて痛い目にあった経緯があるからだ。
今年に入ってから、慣れない仕事を頼まれた。初めての内容なので、どのくらいで終わるかもわからない。結局、約5週間、ほぼ外出せずにパソコンの前に座り続けた。冬だったので寒がりの私は仕方ないと諦め、家事も犬の散歩も夫に任せてなんとか終わらせた。
そのひと月後、また同じような状況に陥った。覚悟していた仕事もあれば、突然飛び込こんできた仕事も多かった。
今度は4月から5月と天気も気候もいい。毎日散歩だけはするとか、数日休暇を取るなどの息抜きもできたはずだが、「とりあえず終わらせたい」と変な意気込みで、気分転換もせず集中してしまった。
体の不調は薬でごまかせていたが、ある日急に気力がなくなってイスに座ることができなくなった。今度は“心”が不調になったのだ。数日休んでやっとパソコンの前に座った時、いかに自分が“心身”を大切にしていなかったか猛省し、「船上のウェルネス」を調べた。
そもそもクルーズ自体が、海を眺め、おいしい料理を楽しみ、新しい景色に触れる旅だ。だからこそ、私はクルーズ中に体調を崩すことがなかったのだろう。各社が行っているウェルネスの内容を読み、「これを日常生活に取り入れるべきだった」と後悔しつつ、とりあえず朝、動画を見ながら10分間だけヨガを始めた。
私ほど極端ではなくても、仕事が多忙で心身のケアに時間を割けない人やクルーズ休暇で集中して心身を整えたい人にとって、「ウェルネス」に特化したクルーズは十分に価値があるのだろう。
もし心身に疲れを感じたら、クルーズに行くかその疑似体験を生活に取り入れてみてはどうだろうか。薬を飲むこと以上の効果があるかもしれない。今さらではあるものの、体調を崩してみて、クルーズがもたらすもののまた新たな一面を知った気がする。



藤原暢子〈ふじわら・のぶこ〉
クルーズ・ジャーナリスト。これまで国内外140隻以上の客船・フェリーで約90カ国をめぐる。長崎市生まれ。4人姉妹の4女ながら、五島列島にある先祖のお墓参り担当。






