にっぽん丸が魅せる、新しき北の大地
●動物の地におじゃまさせてもらう
翌日は目が覚めると、今度は眼前に世界自然遺産の知床半島が広がった──と思ったが、それは勘違いだった。まず目に入ってきたのは、逆サイドにある国後島、すなわち北方領土の一島だ。東京に住む身からすると、北方領土とは遠い遠い北の地というイメージだが、こんなにも近いなんて……と驚いた。まだ着岸前、携帯電話が電波を拾ったのだが、それはなんとロシアの電波だった。
国後島を眺めつつ、通船で羅臼港に向かう船上では、「右手に絶滅危惧種のオジロワシがいます」とアナウンスがあり、乗客一同がどよめいた。港に着くと、沖に浮かぶにっぽん丸をバックに、岸壁にはユリカモメが群れをなしていた。カモメ自体は珍しくないが、こんな大群でいるのを見るのは初めだ。知床羅臼ビジターセンターのすぐ近くでは、野生のシカがキョトンとした顔でこちらを見つめている。さすが世界自然遺産の地、本来は動物の住みかに、われらがおじゃまさせてもらっている……そんな感覚を覚えた。
ちなみに羅臼港では「にっぽん丸カフェ」も設置されていて、コーヒー牛乳や地元の海洋深層水をいただけた。寄港地ツアーや無料循環バスを待つ少しの間にも、こうして腰をかけて休めるスポットがあるのがありがたかった。
ツアーでは国後島を望む展望塔も訪れた。「私の両親は、あの島の反対側に住んでいました」と国後島を指して語る地元の人に出会う。そのあまりの近さ、そして近くても決して気軽に行き来できないこの状況に、複雑な思いがした。
北方領土といえば、その後も船内でその言葉を耳にした。エンターテイナーを務めた落語家・三遊亭金八師匠が「私の両親はかつて歯舞群島の志発島というところに住んでいまして……」というのだ。師匠いわく、北方領土に住むロシアの方は日本人と同様、家の中で靴を脱ぐ習慣があったとか。ちなみに金八師匠自身は「羅臼の隣の根室出身です。すぐ近くですよ、たった150キロほど離れているだけですから」と北海道らしいトークを繰り広げ、乗客からの爆笑を誘っていた。
また民謡歌手・高橋孝さんのステージでは北海道民謡の『江差追分』が披露されるシーンも。浪々と披露された歌はかつての鰊場の歴史を伝えるもので、また新たな北海道に出会った気がした。